●14
ぼくは想像した。レンズが片方しかなかったら、物事はどんな見えかたをするのだろう。
「入口に着くと、決まって親父が五百円玉をくれるんです。ぼくはそれを好きに使っていいことになってました。そこは売店で売っていた唐揚げが名物として有名だったんです。肉汁がたっぷりでね。塩味と醤油味があって、交互にどちらかを選んでました。それに飲みものを加えて四百円。残りの百円は、親父に頼んで馬券を買わせてもらうっていうのが、いつもの流れでした」
ぼくは吸い終えた煙草を灰皿に押しつけた。缶コーヒーを飲みきってしまわないよう、ちびちびと飲んだ。
「馬券のことは母親には内緒でしたけどね。もしもばれていたら、競馬場に行くのも止められていたでしょうから」桧山さんはつづけた。「とはいえ、子供にどんな馬が勝てるかなんて、わかりはしません。知識なんてありませんから。親父はいつも競馬新聞を腋に挟んでましたけど、見せてもらったところで、ちんぷんかんぷんなんです。だからレース前のパドックは必ず確認しました。そこでなんとなく元気そうに見える馬を、親父やまわりのおっさんを真似て批評してみたり、それぞれの馬に対する彼らのアドバイスに耳を傾けたりしたんです。終いには、なにがなんだかわからなくなって、面倒くさくなって、名前の響きがかっこいい馬に賭けてくれって、親父に頼んでましたよ」
「それで、勝てましたか?」とぼくは訊いた。
「勝てるときもありました。はした金ですが、少なくとも親父よりは勝っていたでしょうね。競馬場からの帰りであのひとが機嫌のいいところを、あまり見た記憶がないですから」彼は笑った。「奇妙なもんです。熟慮した大人の予想より、子供の勘のほうが冴えていたんですから。それでも、ぼくが勝ったときの取り分は必ずぼくに渡してくれました。ろくでなしでも、野生の動物的なろくでなしだったんです。悪知恵の働くろくでなしより知能は劣っても、ひとの縁は大事にするひとでした」
「なんとなく想像がつきます。きっと、憎んでも憎みきれないひとだったんでしょうね」
「ええ、まったくそのとおりでした。親父のそういった面に気づいたのは、自分がその一部を彼から受け継いでいると気づいてからでしたけど」
「それじゃあその頃から、子供の頃からずっと馬が好きだったんですか?」




