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●6

 早朝のランニングは、もう何年も前からつづけている習慣だった。仕事のある日にはその三時間前には布団から這いあがり、部屋の外に備えつけられた共用の流し台で顔を洗い、トイレで用を足し、靴紐を結んで寝巻の恰好のまま寮を飛び出す。コースは気分次第でころころ変わる。ビーチまで走り、街中を抜けることもあれば、坂の上、山襞へと針路を向けることもある。帰りにはいつも海沿いの道に出て、潮風と昇ったばかりの朝日を体に受けながら、デッキの上を足音高く進む。


 欄干に寄りかかり、呼吸を整える。漁へ向かう漁船がエンジン音を響かせ、防波堤の陰へと消えていく。彼方に水平線が見える。この街は東を向いていた。海面が波に揺れ、陽光をあらゆる方向に反射している。風が少し吹いていた。太陽が正面からぼくを射抜く。目を細め、手をかざして光を遮る。これは新たな一日を迎えるための儀式のようなもの。欠かせぬ習慣。ぼくはしばらく、そうして手の届かない遠い場所へ想いを馳せる。やがて太陽に背を向け、走って寮に戻る。


 部屋に帰り、着替えを大きめの巾着袋に詰めて、寮から車道を挟んで向かいにある、ぼくが勤務するホテルの大浴場に向かう。古い寮にはお風呂が設けられていないため、汗を流したいときは一度、外に出なければならなかった。裏のシャッターをかがんでくぐり、従業員用の入口からなかに入る。エレベーターで最上階に向かう。脱衣所で汗に濡れた服を脱ぎ、軽く畳んで籠のなかに積みあげる。大理石でできた大浴場には、すでに宿泊客が何人かいて、首元まで温泉に浸かりながら、巨大な窓ガラスから外を眺めている。ぼくは中心に穴の開いた椅子に座ってシャワーを浴び、まだ乾いてもいない汗を流す。その後は決まって、重たいガラス扉の向こうの露天風呂へ足を向ける。外の浴槽には滅多にひとがいない。そこからは熱海の街を一望できた。海岸線が、まっすぐ北へ向かって伸びている。ぼくは全裸に潮風を受けながら手すりから身を乗り出し、山の斜面に広がる街を見下ろす。並び立つ建物が陽の光を明るく照りかえしている。朝の車の流れができている。ひとびとの営みが目覚めつつある。仕事にまにあうぎりぎりの時間まで、ぼくはそうやって暇を潰す。

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