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ぼくは喚きながら髪を掻きむしりたくなるのを堪えた。「忘れちゃってるようだから教えてあげるけど、きみは一週間前にはこう言っていたよ。『東京タワーの頂上からフライングスーツで飛び降りて、最後には勢いよく踏み潰されたゴキブリみたいに、どこかへぶつかって微塵に飛び散って死んじゃいたい』って」
「死にかたをたったひとつしか選べないなんて、そんなのあまりにもひどすぎるわ」彼女は心底、憂えたような表情で言った。「いいじゃない。いまのわたしにはこれくらいしか望みがないんだもの。許されて然るべきよ。思い描く夢をたったひとつに絞れなんて、好きな食べ物をひとつ決めて、これから先の人生をそれしか食べずに生きろ、って言ってるのと同じよ。あなたはそれで平気? 今日から一生、梅干ししか食べてはいけませんって言われて、はいわかりましたって頷けるの?」
「いや。白米やラーメンも食べさせてほしいな」
「わかってもらえたようでなにより」小夜は腰まで覆っていた布団の位置を直した。ぼくらの間に埃が舞い、陽光のなかで幾何学模様を描いた。
「それでもひとは死にかたをひとつしか選べないよ」ぼくは言った。「きみに選ぶ権利があったとして、だけど」
「素敵だと思わない?」小夜はぼくを見て言った。「このお話の登場人物みたいに終わりを迎えるのって」
ぼくは天井を眺め、少し考えてから、悪くないかもしれない、というようなことをこたえた。小夜は満足そうに頷いて視線を落とし、本を開いて読書を再開した。瞳から輝きは失われ、彼女は彼女の世界に戻っていった。ぼくはしばらく、そのまま小夜のつむじを見つめた。やがて彼女にばれないように肩をすくめ、ぼくも自分の世界に沈んでいった。