●1
「退屈だわ」
十一月の半ば、陽が短くなっていく季節だった。斜めに入りこんだ陽光が、病室を外から照らしていた。
聞き慣れた台詞を耳にして、読んでいた本から顔を上げると、ベッドの上で、なにかを期待しているような目でこちらを見る小夜の視線とぶつかった。ぼくはため息をついた。読んでいた箇所に人差し指を挟み、いったん本を畳んだ。
「きみはいま、ひどいことを言ったという自覚があるかい?」ぼくは言った。「友人がお見舞いにきているのに、そのひとを前にして退屈だ、なんて」
「だって、退屈で退屈で仕方ないんだもの」小夜は言った。「気づいてる? あなた、今日この部屋にきてから挨拶くらいしかしゃべってないのよ。相沢くんってあれよね。お寺にぶら下がってる鐘楼みたい。自分からは音を出さないのに、打てばうるさいくらいに鳴り響くの」
ぼくはふたたびため息をついた。小夜の目は爛々と煌めいている。いつもの暇つぶしとわかってはいても、これではあんまりだ。なにか言い返そうと思って、彼女にケチをつけれそうなものを目で探した。
小夜はぼくと同じように、読みかけの本を、指で閉じきらないようにして太腿の上に置いていた。その本の表紙は擦り切れていて、描かれた荒野の絵が手汗で茶色く変色していた。小口は陽に焼け、ページをめくるたびに、乾いた独特なにおいのする風を読者に振りまく。なぜそれを知っているかと言うと、小夜に頼まれ、古本屋でそれを購入したのがぼくだからだ。
「きみが退屈している原因をぼくに押しつけないでくれ」とぼくは言った。「そうやって何度も何度も同じ本ばっかり読んでたら、そりゃだれだって飽きるさ。いい加減ほかのも手にとってみたらどうなの?」
小夜はうーんと唸って返事を考える振りをした。だが実際に返ってくる言葉など、わかりきっている。
「わたしが最後まで読み終えることのできる物語が、ほかにもあるのなら考慮してもいいわね」そう言って彼女は持っていた本を目の前でひらひらと振ってみせた。「でも、そんなお話、少なくともいままではこれしかなかったもの」
「ただのひとつも?」
「全部クライマックスの直前で、もうその先を知りたくなくなっちゃうの」
ぼくは小夜が手に持った本をくねくねと振りまわしているのを目で追った。