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 ようやくここまで辿り着いた。太陽はとっくに沈んでいて、空には星々が瞬いている。ほんとうなら、陽が昇っていないうちに、この場所へ到着するつもりはなかったのだけれど。


 だが、目的地に向けて一歩ずつ進む以外の、なにがぼくにできたというのか?


 とにもかくにも背負っていたリュックを投げ捨て、腰を下ろした。お尻の下で、土がひやりと冷たい。疲れた。立っている気力も残ってない。足の裏ではマメが潰れて、どくどくと脈打つたびに疼く。じきにこの痛みも薄まっていく。ここ何日も繰りかえしてきたから知っている。


 でもいいんだ。もうなににわずらわされることもない。靴と靴下を脱いで裸足になり、丸めた寝袋を枕にして、その場に寝転んだ。雲ひとつない空が視界を覆う。ひとの気配はずいぶんと後方に置いてきた。目を瞑ってしまおう。運がよければ、朝まで眠れるかもしれない。



 手がくさい。どこかで猫の死骸にでも触れてしまったのだろうか・・・。



 ・・・・・ひとつ、思い出したことがある。暖房であたためられた病室で、ぼくらはいつものように向かいあっていた。前後の話の流れは思い出せないけれど、たしか小夜はぼくにこう言った。


「人間に踏み荒らされていない土地が、この国にもまだあるの。北に行けば未開拓の草原がいくつも広がっていて、そこには本物の静寂が横たわっているのよ」


 そうだ。いままでどうして忘れていたのだろう。ぼくがこの場所を選んだ理由は、彼女がこの場所を選んだからだ。ぼくは彼女の望みを知り、それを叶えるために奔走したけれど、彼女もまた、ぼくの望みを叶えようとあがいていたのかもしれない。どうしてその可能性に至れなかったのだろう。



 だめだ。思考がうまくまとまらない。


 少し落ち着こう。



 いまさらながら、半袖のシャツしか持ってこなかったことを後悔している。北は予想していたよりも肌寒かった。ここには風を遮る山や木々もない。さやぐ青々とした草原が、地平線の彼方までつづく。寝袋に包まればいい話なのだけど、いまはまだ、首筋をくすぐるこの感触や、そよ風が運んでくる夜のにおいを味わっていたい。


 鈴虫の鳴き声が、宵闇に凛と響いている。一匹が鳴き終わっても、また次の一匹が鳴きはじめる。夏の間、延々とつづくこの連鎖を、わずらわしいと思ったこともあったものだ。草葉の陰では名前のない獣が、息を潜めてこちらをうかがっている。それが仮に性質(たち)の悪い(ひぐま)でもあったならば、すべてが単純明快になる。時折、夜の鳥が翼を空気に打ちつけ、切り裂いてゆく音が聞こえる。背中の下を這う、みみずや土竜(もぐら)たちの(うごめ)き。汗の乾いたシャツに浸みこむ、土の温度。星明かりごときでは、これらを明るみにすることはできない。ぼくはただ、耳を澄まし、感じとるだけだ。



 やっぱり手がくさいな。

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