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☀️20

 律子さんは言葉を切った。彼女が思い出を手繰っているうちは、その顔にも若さが蘇るのだけど、口を閉じると、それまでは気にならなかった頬や口元のしわが、より深く、際立つように見えた。わたしは少し待ってから、当たり障りのないことを訊いた。


「歳はいくつだったの?」


「たしか二人とも、涼ちゃんよりも七つか八つくらい上だったわね」


「この街のひとだった?」


「いいえ。女の子は違う街からきたし、男の子がどこからきたのかは知らないの。訊いたところで、『おぼえてない』ってこたえが返ってくるだけ」


「ふうん。自分が生まれ育った街をおぼえてないなんて変なの。あたしは小田原生まれ、小田原育ちだよ」


 律子さんは疲れたように微笑んだ。「そうね。わたしと涼ちゃんはいっしょだものね。ここから出かけて、またここに帰ってくる」


「なんだか話を聞いても、そのひとたちのイメージがうまく頭に湧いてこないな」わたしは言った。「あの椅子もそう。ものに持ち主の魂が宿るっていう迷信はほんとうなのかもね」


 律子さんはわたしの視線を追って、ため息をついた。部屋の隅に置き去りにされた、一脚の錆びかけたパイプ椅子。律子さんは脚を引きずるようにして椅子に近寄り、千キロも歩いたひとがそうするみたいに腰を下ろした。膝小僧と太腿の関節部分に肘をつき、両手に顔をうずめた。黒髪がわずかに波打ったけれど、そこにいつもの脈動感はなかった。疲れた中年の女性が、肩を縮めてうずくまっているだけだった。


「親しいつもりだった。想いや時間を共有しているつもりだった」指の隙間から聞こえる彼女の声には、深いところにさざ波のような震えが感じられた。「それでも、いまのわたしには、どうしてあの二人がいなくなったのかさえわからない」


 わたしはなんとこたえていいかわからず、彼女の次の言葉を待った。でも彼女はなにも言わなかった。布団のなかで、自分の腋と手の平が、汗でじんわり濡れているのに気づいた。わたしは口を開いた。


「つらい思い出だったのなら、ごめんなさい。あたし、そんなつもりじゃなかったの」


 一瞬の妙な間のあと、律子さんは言った。「涼ちゃんはどうして、あの二人のことが気になったの?」


「あたしはただ、律子さんが心を開いていたのがどんなひとたちだったのか、知りたかっただけ。好きなひとが好きなひとなら、あたしも好きになれるような気がしたの」


 そう言いながらも自分でわかっていた。わたしは単に、退屈を紛らわせてくれるものに餓えていただけなのだ。

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