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いまよりずいぶん前のことになるけれど、体を壊して病院で寝泊まりしなければならなくなったことが一度だけある。当時わたしは十七歳で、小田原市内の高校に通う三年生だった。倒れたのは昼休みが明けた授業でのことだった。体育の授業は男女に分かれ、二クラス合同でおこなわれた。わたしたちは校庭のどまん中に膝を抱えて座り、教師が甲高い声でリレーのバトンの受け渡しについて説明しているのを聞いていた。そのときだって、自分の体に異変が起きてるとか、いつもと調子が違うとかは感じなかった。ただ強いて言うならば、体操着の襟の部分が妙にきつく感じられた。多分、わたしはその授業の間、ほとんど無意識のまま何度か喉をさすっていたのだろう。入院してからも、わたしはたびたびそれを繰りかえした。
授業の後半で試合をおこなう、それまで四、五人でグループをつくって練習するようにと言って、教師は説明を締めくくった。わたしに異変が起きたのはその練習中でのことだった。わたしと同じグループに、いつも体育の授業で除け者扱いされている女の子がいた。その子はカボチャみたいに大きいおっぱいを揺らしながら、百メートルを走るのに二十五秒はかかる子だった。いつも一人で行動をして、しゃべるときは絶えずひとのうかがいをたてた。
「ねえ、わたしの前のひとは右手でバトンを持って走ってくるから、わたしは左手で受けとればいいんだよね?」「わたし、足が遅いから、ほかの人よりもはやめにリードをはじめたほうがいいんだよね?」「ごめんね、バトン落としちゃったから、水で洗ってきてもいい?」
彼女が顔も上げず、バトンを振りまわしながらこちらに走ってきたとき、わたしは彼女が追いつけるタイミングでうまく走り出さなければならなかったのだけれど、それができなかった。突如、喉がひっくりかえるような、猛烈な吐き気に襲われたのだ。その場から動けなかった。動いたらお昼に食べたものを校庭にぶちまけることになるのがわかった。わたしの目前に迫る女の子はまっすぐつむじをこちらに向けていたし、わたしはその場に根を張っていた。彼女は頭からわたしの脇腹のあたりに激突し、わたしの体は二メートルばかしふっとんだ。結局、そのときに胃のなかのものをすべて嘔吐した。なんとか耐えようとしたのだけど。