表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/169

☀️16

 わたしはそれにはこたえず、集めていた意識を散らした。律子さんも外の風景も、壁の染み程度のものでしかなくなった。


 わたしは律子さんの動向をぼんやりと眺めていた。彼女はわたしに背を向けて、無言のまま、しばらく空のベッドを見下ろしていた。がらんどうの背中。そしておもむろに窓側とは反対のベッドの縁に——いつも座るのとは逆側に腰をおろした。それが初めてのことだったので、わたしの注意を惹いた。加えて、律子さんは無表情にわたしから目を逸らさなかった。顔の筋肉はこれっぽっちも動かないのに、目の奥ではなにかが蠢いていた。なぜだろう。このひとはいまにも朝露のように、どこかへいなくなってしまうのではないか、とわたしは思った。


「どうしてそんなふうに、こっちを見るの?」ささやくように、そう訊いた。


「前から知りたかったのよ。ここから涼ちゃんがいま座っている場所は、どんなふうに映るのかなって」と彼女は言った。


 わたしは椅子の骨枠をしっかりとつかんだ。手の平が汗ばんでいて、それを通じて金属部分から精気が流れこんでくるみたいだった。


「笑わないで聞いてくれる?」わたしは言った。「ここに座るとね、そっちに座っているのとは違うの。ずっとここにいてもいいんだって気分になるの。このまま、おばあちゃんになってもいいんだって」


 律子さんは笑わなかった。


「ごめんね」わたしはまた謝った。「薬を飲んだばかりなの。頭がぼーっとしてて、うまく説明できないや」


「わかるわよ。涼ちゃんの言いたいことは。わたしも時々、同じことをしていたから」


 わたしはふっと力を抜いて天井を仰ぎ見た。でも、すぐに気分が悪くなって視線を戻した。


「ずっとベッドの上にいると、お尻の下が柔らかすぎて、体がふわふわと浮いてくるの」わたしは言った。「それぞれのパーツが勝手な動きをしそうだから、怖くなってくるんだ。あばらの一本一本まで、ふわふわゆらゆら、風に吹かれたシャボン玉みたいに、ばらばらに飛んでいっちゃいそうな気がして。だから硬いとこに座ると安心するんだ。ねえ、律子さん。この椅子、だれかがいつのまにか仕舞ったりしないよね?」


 律子さんは首を振った。「その椅子は備品じゃないの。病院のものじゃないの。ただみんなから忘れられているだけ。わたしがなにもしなければ、だれからも見向きもされないと思う。だから涼ちゃんが心配するようなことにはならないわ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ