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青森の港に着くまでに四週間近くが経っていた。チケット売り場の受付に並び、函館港までのチケットを買った。フェリーに乗っている間の時間は、二階の窓から海を眺めて過ごした。津軽海峡の海は熱海の海とは違っていた。ここを海と呼んでいいのかわからなくなるほど違っていた。この日は波が高く、海面が揺れるにつれてフェリーも大きく上下した。北の海はそれだけ奔放で、疲れ知らずだった。四時間の航行の間、一度も飽きることなく眺めつづけた。
北海道に上陸したのは夜も遅い時間だった。その日は函館の二十四時間営業の温泉に泊まった。足の裏のマメが潰れた部分と、皮の剥けた箇所が体を洗うときに沁みた。温泉に浸かりながら、ここまでの道のりを思いかえした。きっとバイクで走れば一日か二日で辿り着ける距離を、その何倍もの時間をかけて移動してきた。けれどもそれは必要なことだったのだ。ぼくは一歩一歩、足跡を刻みつけることで、小夜との記憶をひとつひとつ、ぼくの胸に刻みつけた。それは疾駆するバイクに乗っていては不可能なことだった。考えてみると、ぼくは一歩ずつ歩むたびに振りかえって、自分が残した足跡を確認せねば前に進めない人間だった。なにひとつ取りこぼしたくなかったのだ。きっとぼくは物事をなかったことにしたくないから旅をし、遅々とした歩みをつづけてきたのだろう。
次の日、リクライニングチェアの上で目を覚まし、ぼーっとする頭で強張った体をほぐしながら、すでに目的地である北へ辿り着いたことを思い出した。いや、ぼくの旅はまだ終わっていない。顔を洗い、荷物をまとめ、ぼくはふたたび歩きだす。小夜の思い描いた夢を目指して。ぼくの心と体が形を保てる、その限界まで。
「ねえ、相沢くんは自分が死んだあとに、どんなふうに葬送されたいとかって希望がある?」
「自分が死んだあとのことなんてどうでもいいよ。生きている人間が決めたらいい」
「それじゃあ、あなたの魂は死後も地上に留まりつづけるとしたら? 意志を持ちつづけるとしたら?」
「それなら話は変わってくるよ。どうでもよくなんかない」
「どんなふうに?」
「うーん、具体的にはわからないけど・・・」
「わからないけど?」
「暗くて狭いところは嫌いだよ」




