☀️15
消灯時間になっても目が冴えていて、眠れない夜がよくあった。そんなときは諦めて体を起こし、ケトルに水をそそいでスイッチを入れ、お湯が沸くまでそれをじっと見守った。唸りをあげて沸騰した合図を耳にすると、記憶にないほど以前から、我が家でつかっていた湯飲みにインスタントの粉を降りそそぎ、そのときの気分次第で紅茶やミルクティーを淹れた。湯気を立てた熱い湯飲みを、中身をこぼさないように急いで窓枠の上に置き、月明かりや星明かり、車のヘッドライトに手を伸ばしながら、時間をかけてちびちびと中身をすすった。それは嫌いな時間ではなかった。
少しずつではあるけれど、わたしはなにもしないということに慣れていった。駆られるような焦燥感は薄くなっていき、現実世界に想いを馳せることも減った。わたしに残ったのは幾分鈍さを増した気怠い退屈と、しつこくつきまとう肉体の症状だけだった。そのふたつだけがわたしを中心に周囲を絶えず旋回し、わたしの生活もそれらを中心にぐるぐると巡っていた。
症状が耐えきれないときは医者に処方された頓服薬を飲んだ。副作用で恐ろしく眠たくなるけれど、症状はいくらか落ち着いた。そういうとき、わたしはベッドでは休まず、部屋の隅に置かれたあのパイプ椅子に、縋るようにしがみついた。わたしは世界から切り離され、取り残されたような気分を味わう。同じ病室のなかだというのに、そこだけは異空間だった。そこだけはわたしに敵意を向けなかった。
普段のように律子さんが部屋を訪ねてきたとき、わたしはその椅子に座って壁に頭をもたせかけ、遠ざかる吐き気と近づいてくる眠気に抗っていた。薬を飲んだばかりで視界の一部がぼやけていた。ノックをした律子さんへの返事も、自分の声だというのに線路を隔てた踏切の向こうから響いてくるみたいだった。スニーカーのゴム底が滑らかな床と擦れあう音が聞こえ、律子さんの華奢な人影が目の前に現れた。いつもと同じ格好。同じ髪型。
「ごめんね。すぐにそっちに戻るから、少し待って」なぜだか少し後ろめたい場面を見られたような気持ちになって、わたしは言った。
律子さんはわたしを見て首を振った。「いいのよ、待つから。ゆっくり休みなさい」