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次の日の朝。ぼくは船橋さんに今日限りで仕事を辞める旨を伝えた。
「え? どうしたの、そんな急に。困るよ」彼は目を丸くした。
「実は実家の母親が体調を崩したんです。命に別状はないんですが、人手が足りなくなってしまったので、手伝いに帰らないといけなくて」とぼくは説明した。
「うーん、困るなあ。せめて一か月前には言ってくれないと、こっちも予定を組んでしまってるからね」
ぼくは申し訳ないと頭を下げた。
「でも仕方ないか。べつに相沢くんが悪いわけじゃないもんね。だれにだってやむにやまれぬ事情はあるよ」船橋さんはころっと態度を変えた。「お母さんの体調はそんなに悪いの? なにかの病気?」
「病気と言うよりは症状と言ったほうが正しいのかもしれません。むかしからあまり体が強くなかったんです」
「実家に帰るってことは熱海を離れちゃうんだ。相沢くんの実家ってどこにあるの?」
「長崎です」
「家の手伝いってことは、農業か商売でもやってるのかな?」
「うちはぼくが生まれたときからゴーヤーチャンプルー屋なんです」
ぼくはこの話が気に入った。