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「ホテルの裏方仕事というのは、おらくらいの年齢の人間にとって救いの場所であり、掃きだめでもあるんだ」金井さんは言った。「客の前に出る仕事じゃないし、体を動かすだけの簡単な仕事だから、おらの年齢でも雇ってくれる。見様によっては手を差し伸べてくれているんだ。おらみたいなものが最後に行きつく場所がここなんだよ。だからおらは会社からクビを切られるまではなんとかつづけていこうと思う。体が維持できる限りはね」ここで金井さんはぼくを見た。「相沢くんはおらによくしてくれるから、おらみたいにはなってほしくないな。いまのうちに努力して、歳をとったら楽できるようにならないとね。もっとも相沢くんはおらとは頭の出来が違うものな。おらが年寄りのくだらない説教をしなくても、きみは仕事もできるし物事を器用に扱うんだろう。おらみたいな頭の悪い人間は田舎に引っこんでおくのが一番安全なんだ」
ぼくは立ち上がり、手すりに寄りかかって体を冷ました。滴が汗と絡まってぼくの肢体を流れ落ちる。ぼくは金井さんと目をあわせずに言った。
「船橋さんのしっ責ですがね。そう長くはつづかないと思いますよ」
「どうしてそう思うの?」金井さんは怪訝そうにぼくを見た。
「なんとなくわかるんです。大丈夫。こんな悪い時間は、いつまでもつづいていくようにはできていないんです」
ぼくは背中を向け、露天風呂をあとにした。