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●102

 それからアリスはぼくのことを知りたがった。ぼくは訊かれた質問にこたえた。期間雇用のアルバイトで、この街にきて一年と半年になる、と話した。


「わたしも、夏休みの間は軽井沢のレストランで短期バイトをしていたんですよ!」いっしょですね、と言って彼女はぼくの顔色をうかがい、ぎこちなく笑った。「ほんとうはわたしもあっちこっち巡りながら稼ぎたいんですけど、そんなに長く大学を休むわけにはいかないんです」


 それから彼女は、ぼくがこんなにも長く一か所に留まっていることを不思議がった。


「親しい友人がこの街でできたんです」ぼくは説明した。「それに、温泉へ毎日浸かれるので、けっこういまの生活は気に入っているんです」


無料(タダ)で温泉に入れるなんて羨ましいな。できればわたしも近所の温泉へ通いたいんですけど、いまはお金を節約するために、いろんなものを我慢しなくちゃいけないんですよ」


 アリスはぼくの隣に寝転び、肩に頭をもたせかけてきた。そうすると小夜の二倍は長い黒髪が、ぼくの二の腕に絡みついた。ぼくの手の甲を人差し指でなで、肌が滑らかなのに驚いた。きっと温泉のおかげだ、とぼくが言うと、悔しそうに唇を噛んだ。


 そうこうしているうちにタイマーが鳴った。二人でシャワーを浴び、ぼくは彼女が手渡してくれたバスタオルで全身を拭いた。彼女が畳んでおいてくれた服を着ると、ぼくらは手を繋いだ。並んで部屋を出て階段をおり、一階に着いたところで腕を引っ張られた。彼女は最後の一段の上に立っていて、振りかえるとちょうど同じ高さでぼくと目線がぶつかった。彼女は唇をこちらに寄せ、キスをするような素振りを見せた。ぼくはなにも言わず抵抗もせず、されるがまま突っ立っていた。ぼくらは触れるか触れないかくらいの淡いキスをした。記憶にある限り、ぼくが女の子とキスをしたのはこのときが初めてだった。またきてくださいね、と言って彼女はぼくに微笑みかけた。ぼくはなにも言わずに背中を向けた。その女からは腐乱した川魚みたいなにおいがした。

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