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「この間、律子さんといっしょに屋台でラーメンを食べたよ。普段は病院でしか姿を見ないから、なかなか新鮮な光景だったな」
「聞いたわ。二人でデートしたんでしょう?」
「そんなに聞こえのいいものじゃなかったな。ぼくはただ律子さんに付きあわされただけだよ」
「それをデートと言うのよ。楽しかった?」
ぼくはあの日の夜を思いかえした。「楽しかったと思うよ。でもいろいろと不思議なことを言われたな」
「たとえば?」
「ぼくの発言は彼女を困らせることがあるらしい。ぼくに腹を立てるわけにはいかないから、自分自身に腹を立てるしかないんだってさ」
小夜は笑った。振動がぼくにも伝わってきた。「それはちょっとわかるかも。あなたは少し、無自覚なところがあるから」
「そうかな?」
「俳優さんもいるのよ。多くの男性が女性に接するような、そんなやりかたを求められることもあるじゃない? 女性から容姿を褒められたいし、地中深くまで根を張った大木のように頼られたい男性。若者から尊敬されたいし、彼らに対して粋がりたいお年寄り。大人に自分の選択をなにもかも委ねたい子供。でもそうしないからと言って、あなたを責めるわけにもいかない」
「まあ、たしかに」
「それだけじゃないわ。多くのひとが醜いとみなしていることに対してのあなたの態度も、あまり良心的とは言えないかも。老い、狂気、罪の露呈、混ざらない孤独、不安、不潔、均衡を崩した容姿、意志の転換。ほかにも数えきれないくらいあるんだろうけど、そういうものに対して相沢くんはすごく無関心に見えるの。悪意があってそうしてるわけじゃないことはわかってるし、ひとりでいるうちは、それでトラブルになることもないかもしれないけど」