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●75

 しばらくすると雨がやんだ。雨雲はその輪郭を黒々と際立たせ、去る気配を見せなかった。太陽がその隙間からのぞいていた。小夜が中庭へ散歩をしに行こうと言うので承知した。ぼくはリュックのなかから透明なビニールの包みを二つ取り出し、彼女のあとにつづいて部屋を出た。患者用の玄関から外へ出るとき、貸し出しされているビニール傘を一本、傘立てから抜いて持っていった。彼女は必要ない、降りはじめたら走って屋内に戻ればいいのだから、と言ったけれど、念のためだ。


 レンガの遊歩道はびしょ濡れで、繋ぎ目の溝に雨水が溜まっていた。芝生にできた水たまりは深く、銀色に空を反射していた。通路に沿った花壇にはマーガレットの白い花弁が目の届く限り咲き乱れ、水滴でいくらか首を傾げていた。ぼくらが歩を進めるたびに足元でぴちゃぴちゃとくすぐったい音が響き、雨に濡れた景色は光の加減でプリズムのように移り変わった。


 遊歩道をしばらく行った先の茂みに覆われた一画に、そこだけ日本庭園の一部と言ってもいいような、岩場や石灯籠に囲まれた池があった。石畳の通路が遊歩道から繋がっていて、池の縁沿いに散策することができた。ぼくらはそこまで歩いて立ち止まった。ポケットから包みを取り出し、片方を彼女に手渡した。


「ありがとう。この時間は数少ないわたしの楽しみのひとつなの」


 包みを開き、なかに入っていたパンの耳を取り出した。朝のレストランの朝食の余りを、食堂のおばちゃんに頼んで廃棄される前に掠めてきたのだ。それを細かく千切って水面に投げると、何匹もの鯉が一斉に身を乗り出し、水面を叩きながら餌に飛びついた。ばしゃばしゃと音を立て、水滴があたりに飛び散った。


「見て、背中に左右対称の赤い斑点が浮かんでるあの子」小夜は笑顔でこちらを振り向いた。「あの子が毎回一番乗りね。賢い子だわ。きっとわたしたちの足音が聞こえた時点で待ち構えているのよ」


 定期的に掃除がされているのか、水は綺麗でほどよく透き通っていた。岩場に張りついた苔はみずみずしく鮮やかな緑だった。鯉の体表はその模様が一匹一匹異なっていて、よくよく見ればそのどれもが個性的だった。ぼくらは歩いては立ち止まり、餌をばらまいて魚が群がる様子を眺めた。やがて沈黙ののち、小夜がぽつりとぼくに問いかけた。


「相沢くんは、夢をおぼえてる?」

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