1-9 山賊のアジト
クラノヘイム領の町から南方に位置する森の中だった。
アジトの木造の建物の中、ザイラックは椅子に座ってタバコを吸っていた。憂鬱だった。最近楽しいことがない。あるとすれば女遊びぐらいだ。しかし毎晩同じ女を抱くとなると、さすがに飽きる。
暇だからと言って何か始めたとしても、上手く行っている時は良い。やがて右下がりになる。恥をかいて、死のうかなあと思って、また何か始める。人生はその繰り返しだとザイラックは思っていた。
彼はベッドで本を読んでいる愛人に話しかける。
「おい、セフィ。何か楽しいことねーか?」
「ありませぬ」
セフィが本のページをはぐった。本の表紙からして魔法書を読んでいるようだ。セフィはビーストテイマーである。テイマーが魔法書を読んで呪文を覚えたところで、意味があるのかどうかザイラックには疑問だった。
ベッドの足下にはセフィのビーストであるヴァルウルフが伏せっている。ヴァルキュリーウルフを短くした言葉だ。その名の通り、ウルフの顔にはどこか神々しさがあり、鋭い牙はどんな硬い物でも切り裂く、そしてメスだった。
……セフィも女なんだが。だけどこの女、抱いてもちっとも面白くねえんだなあこれが。
ここは山賊のアジトである。ザイラックはそのキャプテンであった。最近儲け話がやってこない。こんな日は、仲間と町の酒場に行ってビールをたらふく飲んで騒ぎたい気分だった。
そんな折りである。建物の玄関の扉から足音がした。扉が叩かれて、部下が告げる。
「キャプテン! 客人がいらっしゃいました」
「通せ」
ザイラックが言うと、一人の部下が扉を開けて入ってくる。その後ろには見たことのある冒険者がいた。
……ああ、なんだ。ジルドじゃねーか。
「失礼します」ジルドは一礼した。
「今日はどうしたんだ? ジルド。まあそこに座れ」
ザイラックは自分の対面の席を指さす。ジルドはもう一度「失礼します」と言って、腰掛けた。ジルドを連れてきた部下は扉の前に待機するようだ。
ジルドが語り出す。
「旦那。実は昨日、町でオッドアイの女を見かけました」
「本当か!?」
その言葉はセフィも興味を示したようで、枕から顔を上げる。彼女もオッドアイだった。右目が黄色、左目が緑色である。
「ええ。おそらく、旦那たちが探しているフュージョナーとか言うのと、合致していると思いますぜ」
「名前は?」
「イリアとか、年は10代後半に見えやした」
「イリア? 10代後半か。ふーん、女か。ビーストは?」
「緑色のウルフのようなドラゴンでした」
「ドラゴン~?」
「おい、その女はいずこで見かけたのか?」とセフィ。
ジルドがセフィに顔を向ける。彼女もフュージョナーである。同族の情報は聞き捨てならないのだろう。
「冒険者ギルドの前っす。中に入っていったんで、冒険者だと思いますがね」
「ふーん、捕らえよう。ザイラック、私が行こう」
「おい待てセフィ。焦るんじゃねえ。事は慎重に運ばなきゃいけねんだ。まずは段取りだ」
そこでジルドが両手をもみほぐす。
「旦那ぁ。情報料ははずんでくださいよ」
「ちっ。分かってる。上手く行ったら、お前には金貨を浴びるほどプレゼントしてやるよ」
「ありがとうございまぁす」
ジルドは頬にしわを寄せて微笑んだ。セフィはベッドに腰を下ろし、ヴァルウルフをなで始める。
「おいザイラック、その女には手を出すなよ」とセフィ。
「わかってらーい」
セフィは夜の相手をさせるなと言っているのだ。
「その代わりと言っちゃなんだが、お前はもっと良い声で鳴け」
「何のことだ?」
「ふっはっは。しらばっくれやがって。まあいい。さて、仕事の始まりだ」
久しぶりの色気のある仕事がきた。ザイラックの憂鬱はどこかへ吹き飛んでしまった。それから三人は仕事のこと、イリアの誘拐計画について会議を始める。
今日はもう一つアップします。一時間後です。