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1-8 最初の仕事



 あたしは鼻にしわを寄せた。


 冒険者ギルドに入ると、むわっとした臭気が漂っていた。香辛料を使った食事やお酒の匂いがきつい。ギルドと酒場が一緒になっているみたいだ。テーブルの席に着いている冒険者たちが、樽ジョッキを掲げて豪快な笑い声を響かせている。


 あたしは真っ直ぐにカウンターに歩いて行った。後ろからヒューイが着いてくる。カウンターではスキンヘッドのおじさんが受付をしていた。


「よお、お嬢ちゃん。冒険者ギルドへ何か用事かい?」


「こんにちは。あの、あたし冒険者になりたいんです」


「嬢ちゃんみたいな華奢な女の子が冒険者に? まあビーストを連れているところからして、そこそこ腕はあるんだろうが……」


「冒険者になるにはどうすれば良いですか?」


「本気か? よーし分かった。用紙を出すから、項目に記入をしてくれ」


 そう言ってスキンヘッドのおじさんはカウンターの下からわら半紙を取り出した。カウンターの上にあった羽ペンと一緒に差し出す。私は羽ペンを持って、紙に個人情報を記入した。終えると、おじさんはそれをまじまじと眺める。


「へえ、お前。あのフェルメル村の出身なのか。何でまた村を出て来たんだ?」


「それは……孵化授与式でドラゴンを引いたので、追放となったんです」


「ドラゴン!?」


 おじさんがヒューイに視線を向けて、眼光を強める。あたしはヒューイの頭に手を置いて、はきはきと返事をした。


「はい。見た目はウルフっぽいですが、ドラゴンなんです」


「そいつはすげえや。嬢ちゃん、強運だな」


「ありがとうございます。でも、村を追い出されちゃいました」


「がるあぅ」


「ふーん、フェルメルには確かそんなしきたりがあるって、俺も聞いたことがあるな……それなら分かった」おじさんがカウンターの下からバッヂを取り出す。「これは冒険者バッヂだ。仕事をするときは必ず服につけるように」


「分かりました」


 私は丸い模様の入ったその茶色いバッヂを受け取って、短パンの横につけた。


「よし。それじゃあ一応説明だが。冒険者にはランクがある。上からS、A、B、C、Dとなっている。嬢ちゃんは入りたてだから一番下のDランクからスタートだ。受注できる仕事はDランクの仕事、あるいは俺が許可した場合Cランクの仕事だ。またあるいは、冒険者ギルドを介さずに仕事を受注するのもOK。その場合ランクは関係ない。どんな難易度の高い仕事でも請けて良いが、死ぬも生きるも全ては自己責任だ。仕事をクリアするごとに冒険者ランクは上がる。報酬も上がるが、もちろん難易度も上がる。ここまで良いか?」


「はい、大丈夫」


「おし。俺の名前はランディ。嬢ちゃんは、えっと、紙にはイリアって書いてあるな?」


「イリア・ミステイルです。こっちはヒューイ」


「がるるん!」


「そうか! ふふっ。それじゃイリアとヒューイ、今日は仕事をしていくかい?」


「はい。お願いします」


「分かった」


 ランディはカウンターの上にあった木製のクリップボードを取り、紙をめくった。少し難しい顔をしてクリップボードをカウンターに置く。その次にカタログのような帳面を取り出して、最初の方のページをパラパラとめくった。ある一点を指さす。


「これなんかどうだい?」



 依頼 スライムの捕獲

 理由 トイレの底を綺麗にしてくれるスライムを捕獲する。

 報酬 スライム一匹につき、大銅貨三枚

 注意事項 生きたまま捕獲すること



 あたしは小刻みに顎を引いた。やっぱりね。最初の仕事だから、簡単な仕事しか請けさせてくれないみたいだ。あたしは両手を胸に組んで考えた。宿屋の宿泊費は一日につき銀貨1枚がかかる。あたしとヒューイの食事代は1日銀貨7枚ぐらいが必要。大銅貨にすると80枚をもらう必要があるということだ。スライムを27匹も捕まえなきゃいけない。それはさすがに厳しいよね。


 だけどあたしは頷いた。


「はい。スライムの捕獲で良いです」


 ランディさんに対する信用を上げて行けば、報酬の高い仕事も紹介してくれるようになると思った。だから、最初は赤字で良い。


「そうか! スライム捕獲用のケージとリアカーはこっちで用意するから、それじゃあ外で待っていてくれるかい?」


「分かりました」


「がるがるん!」


 そしてあたしたちはこの独特な匂いの漂う室内を後にした。


 玄関の脇で待っていると、建物の後ろからリアカーを引いたランディさんが顔を見せた。彼の体は筋骨隆々である。店員よりも現役冒険者と言われた方が納得いく気がした。


「はいこれな。それとこれ」


 ランディさんがリアカーを置いて、あたしに小さな帳面を渡した。


「これは?」


「これはモンスターを倒した際、素材を剥ぎ取って納品すれば金になるものがリストされている。冒険者の必需品だからな。持ってろ」


 私は受け取って腰を折った。


「何から何までありがとうございます」


「良いってことさ」


「ちなみに、スライムの多い生息地を聞いても良いですか?」


「イリア、地図はあるか?」


 あたしは地図に赤ペンで丸印をつけてもらった。


「それじゃあ行ってきます」


「ああ、嬢ちゃん。気をつけろよー!」


 引くタイプのリアカーを引きながら、その地点へと向かう。


 町を出る際、冒険者バッヂを見せることで門衛はすぐに道を空けてくれた。すぐに戻ってくるということで通行税は取られなかった。町の外に出てまた歩く。目的地に着くまで、片道だけで2時間近くがかかった。


 町からほど近い草原地帯。


 近くにはモンスターが出ている。スライムや一つ目ヒツジ、草原ガニの三種類が映った。どれも魔法を使うようなモンスターではない。一匹ずつ油断せずに狩れば、驚異ではないと思った。あたしはリアカーを置いて、ヒューイの頭を触った。


「ヒューイ、今から狩りを始めるわ。準備は良い?」


「がるあーう」


「まず、ヒューイはあの一番近くにいる巨大なカニみたいなのを倒してきて。さあ、行って」


「がるるん!」


 ヒューイが走って行く。良かった、ちゃんと言うことを聞いてくれた。草原ガニは気づいたようでヒューイに向けて両手のハサミを構えた。自分の体を大きく見せて威嚇している。ヒューイはたじろいだ様子で足を止めた。攻撃する機会を狙っているのだが、カニのハサミが怖いらしい。あたしは声を張った。


「ヒューイ、相手は足が遅いわ。カニの後ろに回ってから攻撃して!」


「がうがう!」


 ヒューイは言われたとおりにカニの周囲を回り出す。カニも追いかけて方向を変えるのだが、ドラゴンのスピードについていけなかったようだ。やがてヒューイがカニの背中から頭に噛みついた。


 ガリッ!


「きしゅーっ! きしゅーっ!」


 草原ガニが悲鳴を上げている。ヒューイはそのままの勢いで頭の甲羅をかじり割った。カニは力尽きて、両手のハサミを下ろした。ヒューイは何を思ったのか、カニにかじりついたまま、こちらへ連れてくる。


「がるあーん♪」


「よくできたわ。良い子」


 あたしはヒューイの頭を撫でる。そしてまた指示した。


「次はあの一つ目のヒツジを狙いなさい」


「がるあーぅ」


 ヒューイが駆けていく。あたしはその間にも、短剣でカニの腕や足を分解した。甲羅を割いて中の身を取り出す。割れた甲羅の上に、取り出した身を重ねていく。一口食べると甘くてとても美味しかった。後でヒューイにあげよう。


 眺めると、ヒューイがヒツジと格闘している。何度も何度も首にかじりつくのだが、ヒツジは首を降って必死に逃げる。やがてヒツジが全速力で遠くへと走って行った。ヒューイは追いかけようとしたのだが、あたしは呼び戻した。あまり遠くへ行かれると危険である。


 ヒューイはすぐに草原ガニの身に気づいたようで、あたしの許可も取らずに食べ始めた。あたしは特に注意することなく、ヒューイに聞いた。


「ヒューイ、貴方、ヒール以外の魔法は使えないの?」


「がうるるん?」


「やっぱり、言葉は分からないわね」


 ヒューイはカニの身を全部食べてしまった。あたしは人差し指を立てる。


「良い? ヒューイ。ヒツジの首にかじりついたら地面に押し倒すの。それでヒツジを窒息死させなさい」


「がうわんっ」


「よし。いきなさい」


「がるあっ!」


 ヒューイが走って行く。カニを食べたおかげでテンションが上がったのか、スピードが速い。その直線上に一つ目ヒツジがいた。ぶるぶると震えている。ヒューイはそのままのスピードでヒツジの喉に食らいつき、地面にねじ伏せた。ヒツジはばたばたともがいのだが、やがて窒息死する。よし、よくやったわ。


 ヒューイはまたヒツジの首をくわえてこちらへ戻ってきた。あたしは苦笑する。


「ヒューイ。もうモンスターを持ってこなくてもいいわ。それより、草原ガニとヒツジを見つけ次第狩りなさい。絶対に遠くには行かないように。ご主人様はスライムを捕獲してくるわ」


「がうるん!」


「よし行くよ!」


 あたしはリアカーに載せていたリュックの中から木の短剣を二つ取り出す。スライムを生きたまま捕獲しなければいけないので、気絶させる必要があった。だから真剣は使えない。あたしはスライムのいる方向へと歩いて行った。


 スライムを10匹も捕まえるとケージはいっぱいになった。あたしは一つ目ヒツジ一匹もリアカーに載せて、ヒューイと共に町へ帰ることにする。ヒツジはもちろん肉屋へ売るのだ。ヒツジの毛皮はギルドへ納品することもできるのだが、時間がかかると肉の鮮度が落ちると思った。毛皮の納品報酬よりも、ヒツジを肉屋へ売った方がよっぽど多額のお金が手に入ると思った。


 空を見ると、日が傾いてきている。




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