1-7 赤い髪の男
春の日ざしが眩しい日だった。
あたしの服装はね、おへそを出したオフショルダーの上着に下は茶色い短パンという軽装である。ちなみに上着は緑色。露出が多いけどその分テンションは上がるのよね。靴は丈夫なレザーブーツだ。頭は長い金髪をポニーテイルにしている。黒いシュシュはいつかの誕生日にお父さんからプレゼントされた物だ。
宿屋からほど近いところに道具屋があった。そこで町と町周辺の地図を買った。その地図を見ながら冒険者ギルドへと向かう。道すがら、
「がるあるがうがーう♪ がるあ、がるあ、がるあるる♪」
隣に並ぶヒューイがのんきに歌ってくれていた。音程からしてあたしの戦歌を真似しているんだと思う。笑っちゃった。
「ヒューイ覚えたの? 戦歌」
「がるあーう!」
「ヒューイは賢いわね」
「がるるぅ♪」
やがて冒険者ギルドの建物が見えてきた。茶色い三角の屋根をしており、一階建てで大きい。建物の前には剣と盾を持った男性の像が建っている。
その場所で喧嘩が起こっていた。
「おいてめえ。荷物持ちのくせに報酬を要求するとはどういうことだ?」
「そうだぞ! せっかく冒険者の先輩の仕事を見学できたんだ。報酬は見学料でチャラだ」
「そ、そんなあ! そんなの無いですよ! 荷物持ちをやれば、報酬の1割をもらえるって契約だったじゃあないですかぁ?」
「おい、ジルド、そんな契約したっけか?」
「いや、してねーな。ディアス、少なくとも俺はそんな覚えはない」
二人の男が肩を揺らしてクスクスと笑う。
「そ、そんなぁー!」
「お前の取り分はねーぜ。欲しけりゃあ、自分一人で仕事を請けるこったなあ」
「そうそう。お前は仕事中、モンスターが現れても何もしなかったんだ。それどころか俺たちは、お前を守って戦わなければいけなかった。お前は邪魔者でしかなかったんだ。よってお前にやる報酬はない!」
「そんなー!」
揉めているようだ。というかこれはイジメだろうか? ビーストを連れていないところからして三人ともテイマーではなかった。あたしは足を止める。どうしたものだろう。もめ事には関わり合いたくない。だけど報酬をもらえない男が不憫だった。考えた末、偉そうにしているディアスとかいう赤い髪の男に向かってあたしは言い放つ。
「貴方」
「あん? 誰だてめえ」
「あたしはイリア。話は聞いていたけど、あたしはその荷物持ちをしたって男に報酬を与えるべきだと思うわ」
「なんだと? 外野はすっ込んでろ!」
「あのねえ。誰だって生活がかかっているのよ。その荷物持ちの男は報酬をもらえなければ、今夜何を食べればいいの? いーい? 荷物持ちが邪魔になるのなら、今度から雇わなければいいのよ。今回は荷物持ちに1割の報酬を与えるっていう契約だったのなら、渡すべきだと思うわ」
「なんだとお!」とディアス。
「この娘、生意気だなあ」とジルド。
偉そうにしていた二人の男がこちらに体を向ける。二人とも年季の入ったレザージャケットを着ていた。色はディアスが黒、ジルドが青である。あたしは腰の鞘から短剣を一本抜いた。手のひらで短剣の腹をポンポンと叩く。
「じゃあこうしましょうか? 今から、えっと、そこの赤髪。ディアスとか言ったっけ? 貴方とあたしが一騎打ちをして、あたしが勝ったら荷物持ちの男に報酬を渡しなさい」
「へー……良い度胸だなあ。いいだろう。やってやるよ」
ディアスがすごんだ顔と声で言った。
そして。
リュックを下ろしてヒューイに預けた。あたしとディアスは一定の距離を置いて立っていた。あたしはもう一本の短剣も抜いて、両手に構える。彼は両手剣を使うようで、ロングソードを構えていた。
「それじゃあ、行くぞ?」
「いつでもいらっしゃい」あたしはいたって余裕。
「本当に行くぞ、変な目の女? 死んでも知らねえぞ?」
「それはあたしに勝ってからいいなさいな」
「くそがっ。本当に知らねえからな!」
ディアスが走り出す。左斜め上から剣を振るった。あたしはかがんで一歩後ろに下がり、それを避ける。避けた後、すぐに前にステップを踏んだ。両手を開いて一瞬のうちにその場で横に三回転する。短剣の六連打がディアスを襲う。
ガンガンガンガンガンガンッ。
「なんだこりゃっ、くそっ!」
相手は防御で手一杯だった。あたしは体をバネのようにしならせて今度は逆に三回転する。
ガンガンガンガンガンガンッ。
火花が散って辺りがチカチカと光る。
「甘い甘い!」とあたし。
回転攻撃は大得意だ。あたしはモンスターを狩るよりも、対人の戦闘の方が向いていた。
「くっ、くそ! 嘘だろお前!?」
「どうしたの? 防戦一方よ?」
今度はまた逆回りに5回転。相手はたまらず後方に飛んで回避した。あたしは踊るようなステップを踏んで、相手を追い詰める。体を回転させながら、最後に相手の股間を思いっきり蹴り上げた。
ドンッ!
「むぐわぁぁああああぁぁあああ!」
ディアスが両手で股間を押さえてその場に転がった。あたしはその喉元に短剣を突きつける。
「あたしの勝ちね。約束通り、荷物持ちの男に報酬を与えなさい!」
「く、くくく、くそっ。何もんだお前!」
「お、おいっ、相棒!」
ジルドが心配そうに駆け寄っていた。
「あたしはイリア」
その時、後ろからヒューイが駆けてきた。
「ガルアゥ!」
ディアスの肩口に噛みついていく。
「痛でっ!」
あたしは慌てて止めた。
「ヒューイ! 良いの。もうあたしが勝ったんだから、口を離してあげて」
「がるあう?」
ヒューイが口を離す。ディアスは股間の痛みから回復したのか、銭袋を取り出して銀貨3枚を投げ捨てるように荷物持ちの男に支払った。
「くそっ、これで良いのかよ!」
「いいわ」
「あ、ありがとうございます!」
荷物持ちの男が大切そうに銀貨3枚を両手で拾う。
あたしはヒューイの頭に優しくぽんぽんと手を置いた。リュックの場所まで歩いてそれを背中に担ぐ。
「ヒューイ、行くわよ」
「がるあーん!」
二人で冒険者ギルドの玄関へと入っていく。あたしの背中に赤髪の男の声がかかった。
「お前、覚えたからな! イリア! オッドアイの女!」
「いくらでも覚えてくれて結構」
あたしたちは室内へと入った。