2-11 試合
翌日の朝七時過ぎ。
いま、パミュとパウルが向かい合って剣を構えている。お互いのすぐそばにはそれぞれのビーストがいた。
王城の演習場にはたくさんの城の人間が駆けつけている。パウルやパミュの侍女たち。他の王子や王女も来ているようだ。マリンとおぼしき人物もいて、祈るように両手のひらを握り合わせて目をつむっている。
国王はいないようだった。それは多忙のためか、それとも試合を見る価値なしと判断したのか、あたしには分からない。あたしはセフィとステフの二人と一緒に、端っこに座っていた。もちろんヒューイとベルゼルもいる。やがて王子の一人が前に出て、声を張った。
「それでは、第一王パウル対第七王子パミュリーノの試合を始めたいと思います。両者、準備はよろしいかな?」
「いつでもいい」
「お、おお、オイラも、大丈夫だい」
「それでは、試合開始!」
そう言うと審判の王子ははけていった。
パウルは右手の剣の腹で自分の肩をぽんぽんと叩きながら、パミュに近寄る。
「おいお前、逃げずに良くきたな」
「に、逃げる訳ねーよ。今日は兄ちゃんを倒してやるんだからな!」
「兄ちゃん? 違う、違う違う。俺はお前の兄じゃない。赤の他人だ」
「それは一体どういうことだよ!」
「そのままの意味だ。いまここに、俺はお前との兄弟の縁を、切る」
「べ、別に良いやーい! へん! オイラだって、お前みたいな兄は、いない方がせいせいするぜ」
「おい、パミュリーノ。俺は昨日、国王様と話したんだ。国王様はこう言っていたぜ? パミュリーノなんてクズだ。ゴミ以下の畜生だ。だから俺に殺して欲しいってさ」
「そ、そんな! そんなの嘘だい!」
「嘘じゃねーよ。周りをよく見ろ、パミュリーノ。国王様は来ていないだろ? それぐらい国王様にとって、お前の生き死には興味が無いんだよ」
「くっ、さっきから色々言いやがって! さっさとかかって来いよ! 返り討ちにしてやるからなあ!」
「悪いけど、俺、本気ださねえわ」
「な、なんでだよ」
「お前みたいなウサギを狩るのに、ライオンは本気になったりしねーんだよ、クズ」
「お、おお、おおおオイラは、こう見えても強いんだからなあ!」
「そうか。じゃあかかってこいよ。お前なんて左腕一本で充分だ。ビーストを使う必要もないな」
「言ったなあ! ぶっ殺してやる! いくぞ、ボルフレア!」
「ぎゅぎゅっ!」
パミュが走って行く。スライムがそのあとを追った。パウルは本当に左腕しか使わないようで、剣を左手で持った。パミュが剣を振る。それと同時にスライムがパウルの顔面にタックルをかました。
「ぐっ」
しかし剣の一撃は剣で防がれた。カーンと音が鳴る。
「ルティオル流剣術、三段突き」
パミュが唱えた。相手の急所を狙う三段突きが繰り出される。
「あめーんだよ!」
パウルは全ての突きを剣で弾いて受け流した。
「ルティオル流剣術だあ? パミュ、それはお前が使って良い剣術じゃねーなあ。お前はルティオルの都民でも無ければ、国民でも無い。分かったら二度と使うなよ?」
「ど、どういうことだよそれは!」
「お前からはユークリッド国に住む権利を剥奪するって言ってるんだ」
「お、お前にそんな権利があるのかよ!」
「国王様はこうも言っていたぜ。パミュは外国に奴隷として売り飛ばして、生まれてきた罪を償ってもらうってなあ」
「お前、馬鹿にするのもいい加減しろよ!」
「馬鹿にする? 違う、違う違う、お前が俺を馬鹿にしているんだよ。お前みたいなクズが剣を持って俺に向かってくるだなんて。俺の存在を否定していると同義だなあ」
「お前の言っていること、訳分かんねーんだよ。だけどもう、どうでもいいよ! 俺はここでお前を倒して、みんなに認めてもらうんだ!」
「ふーん、やってみろ。だけど次に俺に剣を振るったら、お前を血の海に沈めてやるからな」
「くっ、や、やってやる。やってやる!」
「やるのか?」
「イリアと約束したんだ。約束したんだ! オイラは、オイラはお前に勝ってみんなに認めてもらって、これからは堂々と生きるんだ! だから!」
「だ~か~ら~?」
「第一王子、これでもくらえ!」
パミュが右手の中指にはめてある指輪を掲げた。昨日、ステフの露店で買った魔道具だった。パミュが唱える。
「フラッシュボム!」
それはあたしたちが考えた作戦だった。
パミュの右手が大きく光り、その場にいる人間たちは手で顔を覆った。光にまぎれてパミュが移動する。光が晴れると、パミュはパウルを右足に抱きついていた。
「なんだそれは?」
「ボルフレア、ライトニングブラストだ!」
「ぎゅぎゅぎゅっ!」
スライムがバチバチと帯電する。そして電流の光線を吐き出した。イナヅマが空中を走り、パウルの胸に命中する。
「ぐおおおぉぉぉぉおおおおおお!」
パウルが悲鳴を上げる。パウルは倒れると思ったのだが、なんと電流を耐えきった。剣の切っ先をパミュの首筋にあてる。
「へー、あのスライム、ライトニングブラストを吐けるのか」
「はあ、はあ、はあ」
「お前を殺した暁には、スライムは俺がテイムしといてやる。じゃあ、悪いけど死ね」
パウルが剣を振り下ろす。パミュの首を狙っていた。
……本気で殺すつもりなんだわ。
「くそおぉぉぉぉおおお!」
パミュは地面を転がって回避した。立ち上がって剣を構える。しかし肩で息をしており、足はぷるぷると震えていてた。すっかり怯えている。万事休すだ。
「まだ立てるのか? このゴミが!」
パウルはパミュの顔面を蹴っ飛ばす。
「ぐはっ!」
パミュは剣を離してしまった。背中から倒れる。パウルは歩み寄り、あろうことかその靴でパミュの体を何度も踏みつける。
「お前はなあ! この世で一番ゴミなんだよ! 俺たち王族がお前の存在を隠すために、どれだけ神経を使っているか、分かってんのかゴラア! 奴隷の母親を持ち、スライムのような弱小のビーストをたまわったお前に、生きている価値なんて無いんだよ。いいか? 生きている価値は無いんだ」
「ぐおっ、痛えっ、ぐおっ、ぐおっ、痛えって!」
「最後に良いことを教えてやろうか? お前の母親はなあ! 俺たち王子の慰み者になったんだよ! もう何度もファックしたんだ俺は! 気持ち良かったぜー! 今はもう病気で死んじまったけどなー!」
「ゆる、ゆるざないじょ!」
パウルはパミュを思い切り踏み続ける。
「ここにいる王子たち全員が、お前の母親を慰み者にして大人になったんだ。良い顔している兄弟もいるがなぁ! その裏ではお前の母親を犯しまくっていたんだよ! 分かったか! くやしいだろ! くやしいなあパミュリーノ! そしてお前の命は、今ここに散る!」
パウルが剣を構えた。それをパミュの喉に突き刺す。
「うがああああぁぁぁぁぁあああ」
パミュが断末魔を上げた。パウルは最後にパミュの頭を蹴っ飛ばすと、つばを吐きかける。
「へっ、雑魚が」
背中を向けて歩いて行こうとする。
瞬間、パミュの体が赤い光に包まれる。彼の体からフェニックスが飛び立った。それはステフの露店から200金貨で買った致命救済のネックレスの効果であった。傷が治っていく。だけど、いつまで待ってもパミュは立ち上がらなかった。気絶しているようだ。
「何だあ?」
パウルが振り返った。歩いてくる。
「致命救済だなこれ。もう一回殺しとくか」
「ぎゅぎゅぎゅぎゅっ」
スライムが急いで跳ねてやってきた。どうしてかパミュを口に中に入っていく。
「何だこいつ、気持ちわりい」
パウルが再び、パミュの喉に剣を突き刺そうとした。
その時だ。
風が鳴った。
ざわっ。
見るとパミュの姿が消えている。別のところに移動していた。あたしにはその動きが速すぎて見えなかった。
パウルが頬をピクピクとさせてパミュを睨み付ける。
「お前! どうした?」
「主人よ、そのまま目を閉じていよ。あとは我が全てを片付ける」
あたしはびっくりして隣にいるセフィに顔を向けた。
「セフィさん、何ですかあれ?」
「分からぬ。だけどスライムが殿下の体を乗っ取ったようだ」
また風が鳴った。
ざわっ。
瞬時に移動したパミュが落ちていた自分の剣を拾う。
「て、てめえ! なんだこの速さは! ちっ、おい、リオン。パミュを殺すぞ」
「がおおぉぉぉぉおお!」
パウルのビーストであるリオンが吠えた。パミュに向かって走り出す。
パミュが唱える。
「ルティオル流剣術王家の秘技、凪の刃」
パミュがリオンを飛び越えて、パウル目がけて跳んだ。その際、リオンの顔面が裂けるように割れた。すり抜けざまにパミュが斬ったのだ。
「ごああぁぁぁぁああああ!」
「行くぞ!」
「な、なんなんだよ! どうしたんだよお前えぇぇ!」
パウルの焦った声が響く。
パミュが唱えた。
「ライトニング」
空から一直線に雷が落ちる。
ドゴーンッ。
「くそがあぁぁ!」
パウルは避けようとしたのだが、回避しきれなかった。雷はパウルの体を吹き飛ばす。また移動したパミュが、その喉元に剣を振り下ろした。
「パウルよ、主人の母上を慰み者にした罰を受けろ」
「ま、待てよ! 違う、違う違う、俺は何もしてねえって! さっきのは冗談だ!」
「死ね」
「はーいストップゥ」
瞬間、いつの間に出てきたのか審判の王子の男がパミュの攻撃を剣で防いでいた。
「この戦いはパミュリーノの勝ちみたいだねー。兄さん、それでいいかい?」
「くそがっ!」
「パミュリーノ、よく頑張ったね。このアレス兄ちゃんが君を認めてあげるよ。パミュは立派な王子だ」
アレスが握手を求めるように右手を差し出す。しかしパミュは拒んだ。
「主人の母上を陵辱した罰、いつかお前にも受けてもらう」
「怖いこと言うなぁー、パミュリーノは」
パミュが剣を鞘にしまい。こちらへと歩き出した。あたし立ち上がり、彼を迎えてあげようとした。だけど、何と声をかけたら良いのか分からない。彼のお母さんは、兄弟に犯された上、病気で死んでしまったという話だ。耳にするのも嫌な話だった。
パミュの口の中からスライムが飛び出した。するとパミュは前のめりに倒れていく。あたしはその体を抱き留めたのだった。
パミュが目を覚ます。
「い、イリア、オイラ、もう、どうやって生きていけばいいのか分からないよ」
あたしは何も返事ができなかった。そんな自分が悔しくて、気づけば唇を思い切り噛んでいた。
こうして、第一王子パウルと第七王子パミュの試合は幕を閉じた。苦々しい思いと共に。




