2-10 能ある鷹
地下四階のボスモンスターはベヒーモスだった。
「がるしゃあああああああっ」
ベヒーモスが地響きのような鳴き声を上げる。怪獣のような顔つきに紫色の毛の生えた体躯。頭から背中、尻尾にかけては赤いトゲがあった。だけど体はそれほど大きくない。まだ子供のベヒーモスだった。だけどあたしは悲観した。さすがにこのモンスターはパミュには荷が重すぎるわ。
そう思ったのだけど。
「ボルフレア、行くぞ!」
「ぎゅぎゅっ!」
パミュは勇敢に歩いて行った。接近して相手の右手のブローを横にかわし、カウンターで剣を振り下ろす。
ザシュ。
「ぐごぅ」
腕に当たった。だけど浅い。今度はスライムがベヒーモスの顔にタックルした。
「ぎゅぎゅっ」
「ぐうっ!」
連携してパミュが剣を薙ぐ。ベヒーモスの右目に剣の切っ先が走った。
バシュッ!
「ぐごおおおぉぉぉぉおおおお!」
痛がったベヒーモスが左手で目を押さえて揺れる。それからもパミュはモンスターの攻撃を躱しつつ反撃するのだが、その巨大な四肢を切断するような力は無かった。どうするんだろう? あたしが見ていると、ベヒーモスが両手でパミュの体を叩き潰そうとした。危ないっ。
「ルティオル流剣術王家の秘技、逆襲劇!」
ズシュンッ!
ベヒーモスの両腕が切断されて宙に飛んだ。どうやら相手の力をそのまま跳ね返す技のようだ。カウンターよりも強い剣技だと思った。
「ぐごおおおぉぉぉぉおおおおおおう!」
「ルティオル流剣術、疾風突き!」
パミュが一直線にショートソードで突きを放つ。ベヒーモスの右目に命中し、剣の柄までショートソードが入った。抜けなかったのか、パミュは剣を離してしまう。
「ぐごああああぁぁぁぁぁああああう!」
ベヒーモスは痛みに目を押さえてその場で暴れた。しかし剣の先が脳に届いていたのだろう。やがて動かなくなり、その場に四肢を投げ出して倒れた。
パミュはぜーぜーと息をつき、ベヒーモスの右目から剣を抜き取る。あたしは駆け寄った。
「パミュ、やるじゃない!」
「へへ、オイラが本気を出せば、こんな敵雑魚なんだよ! なっ、ボルフレア」
「ぎゅぎゅっ」
「がうあう!」
ヒューイも凄いと言っているような鳴き声だった。
「次はいよいよ五階ね」
「ああ、行くぞ? イリア」
「ええ」
「ぎゅぎゅっ」
「がるあー!」
前方の右角の階段へと歩き、みんなで下っていく。
降りたところにいたのは、中身が空っぽの鎧騎士だった。あたしたちの侵入を認めると、機敏な動きでこちらを向く。騎士の後ろには宝箱があった。
……デュラハンだわ!
あたしはここに来てもやはり悲観した。たかだか10才の子供に倒せるモンスターではない。さすがに最後はあたしが戦って仕留めよう。お金ももらっているし。パミュは最初こそびびってはいたものの、よく戦った。年齢を考えれば上出来である。
しかしパミュはあろうことか指示した。
「へへっ、能ある鷹は爪を隠すってね。ボルフレア、あのモンスターに向かってライトニングブラストだ!」
「ぎゅぎゅぎゅぎゅっ!」
スライムがばちばちを感電した。と思ったら口から電気の光線を放つ。それはあたしも見たことの無い高ランク魔法だった。電流のほとばしりが空気を突き抜けて、デュラハンに命中する。デュラハンは燃えるようにバチバチと感電して、その場に膝をついた。それと同時に鎧が散らばり地面に落ちる。死んだようだ。
あたしはぶったまげた。パミュの肩に手を置く。
「このスライムはこんなに強かったの?」
「ボルフレアはスライムじゃないやいっ、スピリットスライムだい!」
「どっちでも良いけど。今の何?」
「見たか! ボルフレアは最強なんだ。誰にも負けやしないんだ!」
「ふえー」
パミュが歩いて行く、そしてデュラハンの後ろにあった宝箱を両手で空けた。それを取り出す。丸められた紙がヒモで縛ってあった。あれが、王子の証なのだろう。パミュが王子の証を掲げて言った。
「よっしゃー、取ってやったぜー!」
「ぎゅぎゅうっ!」
「がるあー」
「凄いわね!」
パミュがこちらへと歩く。あたしはちょっと良い気分でスキップした。平凡な顔の彼だが、今は王子に似合う立派な顔立ちに映った。その肩に手を置く。
「パミュ、あなたの勝ちね、誇りなさい」
「う、うるせえやい! 当たり前だっつーの」
「なんか素直じゃないわねー」
「う、ううう、うるせえやい!」
パミュはそう言いながらも、照れたように顔を赤くしていた。あたしはおかしくって笑いがこぼれる。
それから、みんなで元来た道を引き返して行った。ボスはもういないため、モンスターが出るのは三階の迷路ぐらいであった。あたしは双短剣を抜いて、雑魚モンスターをサクサクと片付けて歩く。後はあたしが全部倒しても良いだろうと思ったし、実際そうした。
迷路を出て二階へ上がり、一階へ上がり、地上へと戻る。
やっと地上に出ることが出来た。ふと、人の気配を感じた。顔を向けると、銀の鎧を着た金髪の男性がこちらに剣を構えている。年は二十代半ばぐらいに見えた。貴公子のようなイケメンである。しかし顔は朱に染まっており、頬は怒りにぴくぴくと震えていた。その後ろは赤いライオンのビーストを連れている。
「やっぱりここだったか、パミュリーノ」
「だ、第一王子!?」
パミュの声が震えている。あたしは絶句した。どうして第一王子がここに?
「パミュリーノ、お前、この女に戦わせて王子の証を取ってきたな?」
「ち、違うやい! オイラが、オイラが戦って取ったんだい!」
「嘘をつくな! いま、王城ではお前がいなくなったと侍女たちが騒いでいる。その証を俺に渡して、さっさと王城へ帰還しろ!」
「な、何でだよ! 王城へ帰還するのは良いけどさあ。この証は、オイラのものだーい!」
「いい加減にしないと、イジメ殺すぞお前?」
その言葉はひどく暗い響きだった。兄が弟に投げかけていい言葉では無い。この男、最低だ。あたしはパミュリーノを守るように立ちはだかった。
「待ってください」
「何だ? 女」
「第一王子様、あたしは見ました。このダンジョンでパミュリーノ様は勇敢に戦い、ボスをことごとく倒して、王子の証を手にしました。この目に誓って、間違いございません」
「ふっ、嘘をつくな。お前の腰についているそのバッヂ。お前、冒険者だな?」
「はい。あたしは冒険者です」
「ならばお前が倒したのだろう。パミュリーノにそんな力は無い!」
「いえ、あります」
「無いと言っているだろうが!」
「いえ、あります」
「お前も殺されたいようだな」
第一王子があたしの首に剣を向ける。あたしはくやしくって仕方無かったんだ。だって本当のことなんだもん。本当にダンジョンはパミュが攻略したのだから。だから、引くことなんてできなかった。
「では第一王子様、パミュリーノ様と試合をして、その強さを試してみれば良いのではないですか?」
「はっ!? 俺とパミュリーノが試合をするだと!?」
「はい。もちろんパミュリーノ様が勝ちますけど」
「ふっ、お前、パミュリーノに何を仕込んだのか知らんが、俺の力を舐めるなよな」
「あら、パミュリーノ様との試合が怖いと? そう仰せですか?」
「何だと!?」
びゅんっ。
第一王子の剣があたしの首すれすれで止まる。
「お、おい、イリア、もういいよ。オイラは……」
「ダメよ!」
「なんで?」
「貴方あたしに言ったじゃない。お兄さんたちを見返したいって。それなら試合をして、証明してあげなさい」
「い、イリア……」
「お前ら、本当に本気なんだな?」
「はい」
第一王子が剣を下ろす。その顔は怒りに真っ赤だった。
「いいだろう。試合をしてやる。明朝七時、城の演習場に来い」
「ありがとうございます」
「言っておくが」
第一王子が剣を振り回すように薙いで、鞘にしまった。
「死んでもしらん」
「そうですか」
第一王子は去って行った。赤いライオンも着いていく。あたしはパミュの隣にしゃがみ、その肩に手を置く。
「パミュ」
「ど、どどど、どうするんだよ! 第一王子の、パウルと試合をすることになっちまったじゃないか」
「これから作戦を立てるわよ」
「作戦? どんな作戦があるんだ。というか、作戦なんてあったって無駄だよ。パウル兄ちゃんは、強すぎるから!」
「それでもやるの!」
あたしは言い聞かせるように言った。
「良い? 負けてもいいから今できる全力を出しましょう。そうすれば、城の人間たちも貴方を見直すわ」
「良く分かんねーけど、勝てるような作戦を考えろよな!」
あたしは立ち上がった。あたし一人では作戦が思いつかない。誰かに相談しに行った方が良いだろう。すぐにセフィの顔が思い浮かんだ。そして露店で魔道具を売っているステフのことも。




