2-9 迷宮
地下三階に降りると、そこは今までの部屋とは違い、迷宮になっているようだった。あたしは首をかしげてパミュに尋ねる。
「ボスがいないわね」
「なんだこれ。前に進めば良いのか?」
「そうみたいね。とりあえず、次の階段を探せば良いんじゃないかしら」
「そ、そそ、そうだな。じゃあイリア、お前が先頭を行ってくれ」
「うーん……ヒューイ!」
「がるあー」
「ヒューイ、先頭を歩いて適当に進んでくれる? みんなが着いて来れるように、ゆっくり歩いて欲しいんだけど。できる?」
「がるあう!」
「よし。それじゃあパミュ、ボルフレア、ヒューイに続きなさい」
「お前、オイラに命令するなよな」
「ぎゅぎゅっ」
ヒューイが歩き出す。パミュは命令するなとは言ったが、素直にヒューイを追って歩き出した。その後ろにボルフレアとあたしが続く。
迷宮の壁にはやはりというか苔が生えていて、年季が入っていることを感じさせた。植物のツルが壁につたっている箇所もある。それにどうしてか硫黄のような、温泉の香りがする。遠くでは水の流れる音もした。
ヒューイは臆することなく進んでく。前方からドシンドシンと足音が聞こえてきた。通路の角から緑色の体躯をした巨人が現れる……オーガだわ。右手には木の棍棒を持っている。
「ぐほおおおぉぉおおお!」
オーガがこちらをターゲットして早足で歩いてくる。あたしは巨大モンスターが苦手だった。苦手な理由はもちろん、双短剣では刃が通りきらないからである。
「おお、お、おい、イリア、どうするんだ!?」
「ぎゅぎゅっ」
「ヒューイ、エアロウインド」
「ガルアルンガ!」
オーガが空中に浮いて、床にたたきつけられる。
「ぐおうぅ!」
「パミュ、今のうちにオーガの首を狙いなさい」
「ええー! またオイラがやるのかい?」
「貴方の試練でしょうが! 早く行きなさい」
「うぅー、分かったよぉ」
パミュがショートソードを抜いて走って行く。その後にスライムも続いた。オーガが立ち上がろうとしているところ、あたしはもう一度ヒューイにエアロウインドと命じた。
「ガルアルンガ!」
「ぐほうぅぅ!」
オーガが再び床に叩きつけられる。その喉元に、パミュが剣を振り下ろした。
「そらっ!」
ザシュッ。
しかし浅い。
「ぐおおおおおぉぉぉぉおおおおお!」
オーガが怒ったように俊敏に立ち上がる。
「ヒューイ! エアロストライクよ」
「ガグルワンガ!」
ヒューイの頭から鋭い風が一直線に吹き抜けた。オーガの頭に命中し、頭は縦に切断されて鮮血を吹く。
「ぐああぁぁぅぅぅぅ」
オーガが床に大の字に倒れた。パミュは動揺したような息をしながら、オーガの死体を見つめている。あたしは歩いて行って、その肩に手を置いた。
「貴方にはちょっと、レベルの高いモンスターだったわね」
「そ、そんなことねーよ。オイラはが本気を出せば、こんな奴、一撃で倒せるんだ」
「じゃあ次は本気を出しなさいね」
「わ、分かってらーい。いくぞイリア! ボルフレア!」
「ぎゅぎゅっ」
「うん。ヒューイ、また前を歩いてくれる?」
「がるあーう」
そしてあたしたちは迷路のような道を歩いて行く。途中また、ブラックタイガーやスケルトン、キラーバットにベビードラゴンといったモンスターが出現した。その度に、あたしは援護しつつパミュに撃破するよう促した。パミュが撃破できるモンスターもいれば、できないモンスターもいた。後者のモンスターについては、ヒューイとあたしで対処することになった。
やがて岩に囲まれた温泉が見えてきた。その反対側の角には下へと続く階段もある。
「あら、温泉ね!」
「温泉!? なんでこんなところに!?」パミュが眉をひそめる。
「ルティオルには温泉があるし、ここにあっても不思議じゃないと思うけど?」
「温泉なんて、どうでも良いやい! 早く階段へ行くぞ!」
「待ちなさいよ。悪いけどあたし、さっきゾンビを斬りまくったせいで血まみれなの。温泉に入りたいわ」
「そ、そんなこと言ったって。オイラ着替えを持ってきてねーよ」
「着替えなんて、いま着ている物を着なさいよ。あたしは着替えるけど、ふふ」
「ほ、本当に入るのか? イリア」
「もちろんよ♪」
あたしは温泉の前にリュックを下ろした。服を脱ごうとして、パミュをちらりと振り返る。10才の子供に裸を見られたって、どうということは無いよね。だけど相手には刺激が強すぎるかも。あはは。
……大丈夫よね。
あたしは服と靴を脱いだ。下着も脱いで、たたんで服に重ねる。最近また胸とお尻が大きくなってきた。もうこれ以上大きくならなくても良いのにと思う。戦いの邪魔だった。すぐにヒューイがそばにきた。あたしは温泉の左端に用意されてある風呂桶と石鹸を取る。リュックからタオルを取りだした。ヒューイにお湯をかけて、石鹸をつけて洗ってあげる。
「がうがう♪」
「ヒューイ、気持ち良い?」
「がるるう♪」
「良かった」
「おいお前!」
振り返ると、裸になったパミュがいた。宝飾のされた赤い服を脱ぐと、本当に平凡な少年に見えた。あたしはそれがおかしくって、あははと笑った。パミュが両手で股間を必死に押さえている。その足下にいるスライムはどうしてか顔が赤くなっていた。でれでれとにやけている。エッチなスライムね。
「俺はもう入るからな!」
「ダメよ、こっちに来なさい」
あたしはヒューイの体をお湯で洗い流した。
「ヒューイは入りなさい」
「がるあーう♪」
ザブーン。
「パミュはこっち」
あたしはその腕を捕まえて、岩の床に座らせた。タオルを石鹸で泡立てて、背中から全身を洗ってあげる。パミュはくすぐったかったのか、時折奇声のような声をあげた。あたしはおかしくって笑う。
「お前、姉ちゃんみたいな奴だな」
「姉ちゃんって?」
「第一王女のマリン姉ちゃんだよ」
「いつもはマリンさんと、一緒に風呂に入っているの?」
「たまに入るよ。だけどオイラは、姉ちゃんがあまり得意じゃないんだ」
「それはどうして?」
「姉ちゃんは、姉ちゃんは、オイラを認めようとしないんだ。オイラの可能性を。強くなれる可能性を。ボルフレアの強さを。ボルフレアの強くなれる可能性を」
「ふーん」
あたしは最後に髪を洗ってあげる。
「姉ちゃんはオイラに、一生守ってあげるからねって言うんだ。だけど、そう言われるたびにオイラは嫌な気持ちになるんだ。オイラは、守ってもらうんじゃなくって、自分で自分を守れるようになりたいんだ」
パミュの髪にお湯を何度かかける。それからタオルで拭いてあげた。
「よし、入っていいわよ」
「ありがとう。イリア」
「うん」
パミュが湯船に入っていく。
「ぎゅぎゅっ」
頬を赤くしているスライムが近づいてきた。あたしは捕まえて、石鹸も持ち、両手でそのすべすべの体を洗ってあげた。あら、鼻から血を噴いているわ。タオルで拭ってあげる。
やっと自分の体と髪を洗うことができた。あたしは丹念に洗って、それから思った。クラノヘイムの町に帰ったら髪を切りに行こう。さすがに伸びすぎだ。
お湯で体を洗い流して、湯船に入る。パミュの隣に座った。
「イ、イリアの体はド迫力だな」
「あはっ、刺激が強かったかしら?」
「別に、女の裸なんて、姉ちゃんで見慣れてるよ。だから、どうってことないよ」
「ふーん」
「なあイリア。オイラは、イリアみたいに、強くなれるかなあ?」
「そんなこと知らないけど」
あたしは少し考えてから言った。
「あたしだって強くなりたいのよ」
「イリアは強いじゃないか!」
「まだまだなのよ。寝る前に毎回思うわ、明日は死にやしないかって」
「そうなの?」
「うん。冒険者の仕事は危険だから」
「よ、よくできるな、冒険者なんて」
「他に生きる道が無いから」
「お前、俺の侍女に迎えてやろうか?」
「それは遠慮するわ。ふふ」
「どうしてだ?」
「色々あるのよ、あたしにも」
それからあたしたちは湯船を満喫した。二十分も入って、みんなが上がるとタオルで体を拭いてあげる。あたしは着替えたけれど、パミュは先ほどと同じ服を着た。そしてまた歩き出し、四階への階段を降りて行く。




