1-3 ビーストが懐かない
あれから二日が経った。あたしとヒューイは今、ミルロレイの森から外へ出ようと歩いている。この森はフェルメル村の周囲に広がっている森だ。迷宮と呼ばれていて、道を知らない人が足を踏み入れたら二度と出ることができないと言われるほどに入り組んでいる。あたしは道を知っていた。外に出るまでに、人の足で三日がかかると言われている。
森にはもちろんモンスターが出る。今もそうだった。
目の前にはちょっと大きめのスライムが三体いた。雑魚である。ヒューイを育てるために、あたしは指示した。
「ヒューイ、目の前のモンスターを倒して!」
「がるあー」
ヒューイは自分に魔法をかけた。体が緑色の光に包まれてキラキラと光っている。あたしはその魔法を見たことがあった。ヒールの魔法である。なるほど、ヒューイはヒールを使えるようだ。しかし、ヒューイはもちろんダメージを受けていない。敵と戦っていないのにダメージを受けるはずがない。それなのに、それなのにどうして自分にヒールをかけるのよ!
その間にも三匹のスライムがこちらへと跳ねて接近してくる。あたしはため息をついて腰の鞘から短剣を二本抜いて両手に持った。あたしの装備は双短剣である。そしてちょっと怒ったように言った。
「なんで自分にヒールをかけるの!? ヒューイ、スライムを攻撃しなさい!」
「がるあ?」
「攻撃しなさいって言っているでしょ」
「がるるあー」
「早く行きなさい!」
「がるあ♪ がるあ♪」
ヒューイが歌うように鳴き始める。そしてあたしに尻を向けて、後ろ足で砂をひっかけた。まるで自分のフンを隠すかのように。あたしは脱力してため息をついた。この二日間、いくらヒューイに言うことを聞かせようとしてもちっとも聞いてくれないのだ。どうしてだろう。あたしにはテイマーとしての素質が無いのだろうか?
「「ぎゅぎゅっ!」」
近くに来たスライムがかけ声と共に跳ねた。体当たりを繰り出す。
「仕方無いわね!」
スパッ、スパッ、スパッ。
踊るように体と腕を振って、あたしはスライム三匹を綺麗に一刀両断した。フェルメル村に伝わる、戦舞踏という短剣術だった。あたしは村で一番、短剣術が上手であり、強かった。
ぼとぼとぼとと、スライムの残骸がその場に転がる。あたしはヒューイに近寄って言った。
「もうー! どうして言うことを聞いてくれないのよ!」
「がるるあーん」
今度はあくびをした。あたしはその頭に両手を置き、ゆらゆらと揺らす。
「良い? ヒューイ。敵が来たら戦わなきゃいけないの! 負けたら死んじゃうんだよ? だからご主人様の言うことを聞きなさい!」
「ガルアゥ!」
ヒューイがあたしの手に噛みついた。
「痛っ」
あたしは驚いて手を離す。見ると、皮膚が切れてうっすらと血が滲んでいる。
「やったわね!」
「がるるあーん」
ヒューイはまた大あくびをした。そして前足で顔を洗い始める。あたしは右手を伸ばして言った。
「手が傷ついた、ヒューイ、ヒールをかけて」
「がるあ?」
「ヒールをかけなさい」
「がるるあんあん♪」
ヒューイが器用に右手の爪で鼻をほじくる。あたしはがっくりと肩を落としてため息をついた。
……ああ、せめて町へ行く前にヒューイを手懐けないと。
冒険者の仕事をするにしても、ビーストのヒューイがちっとも言うことを聞かないのでは格好がつかない。それこそ笑いものにされてしまう。一体、どうすれば手懐けられるんだろう?
考えに考え、あたしは言った。
「ヒューイ、貴方、今日はお昼ご飯抜きだからね!」
「がるあ?」
「お昼ご飯抜ーき。分かった? 言うことを聞かないヒューイには、罰を与えます」
「がるあ? がるあがるあ!」
嫌だ嫌だというふうに首を振るヒューイ。
あたしはほくそ笑んで言った。
「じゃあ、言うことを聞く?」
「がるあー」
ヒューイがまた自分にヒールをかけた。
……そう、馬鹿にしているのね。
あたしは地面に置いてあったリュックを背負い直して、また歩き出す。
「ヒューイはご飯抜きー♪ ご飯抜き抜きー♪」
歌いながら歩いた。
「がるぉぉ、がるぉぉ」
弱ったような声をあげながら、ヒューイは着いてくるのであった。