2-6 訓練終了
一週間後の朝。
あたしはヒューイを迎えるためにビースト訓練所に来ていた。直方体の建物の入り口をくぐっていくと、エミルが箒で掃き掃除をしている。朝から掃除をするなんて、仕事熱心な人だなと思った。
「おはようございます、エミルさん!」
「お! イリアちゃん来たかい」
「朝から精が出ますね」
「掃除のことかい? この訓練所はビーストが裸足でやってくるからねえ、床がすぐ土で汚れちまうんだよ」
「へー、あの! ヒューイはどうなりましたか?」
「そうそう。ヒューイだったね。今、訓練士を呼んでくるよ」
そう言うとエミルはカウンターの奥の部屋へと歩いて行った。あたしは胸がドキドキとした。ヒューイの様子が気になって仕方無い。
この一週間、あたしは一人で仕事をした。ルティオル周辺の魔物を討伐したり、簡単な植物の採取をしたりした。率先して植物採取の仕事をしたのは、ルティオルの本屋で有毒植物の本を買ったのがきっかけである。自分の短剣に毒を塗れば、敵を倒すのも容易になる。そんな訳でいま毒と解毒薬の勉強中である。
「がるあん!」
ヒューイの声が聞こえて、あたしはカウンターの奥の部屋へと続く入り口を見た。きりっとした顔の緑の毛のドラゴンが顔を出しており、あたしを見つけて走ってきた。顔はちょっと痩せたかもしれない。だけど四肢は以前よりも筋肉がついてがっしりとしていた。チェーンを握っていた訓練士はチェーンを離したようだった。ヒューイがあたしに突っ込んでくる。
「がうあうあうあうあうっ! がうあうがうっ!」
あたしに飛びかかり、顔をべろべろと舐める。
「ちょっ、ヒューイ、くすぐったいよ」
「がうあーっ! がうあーっ!」
「もうくすぐったいってばあ」
ヒューイはやけに興奮した様子で喜んでいた。さぞかし厳しい訓練を受けたのだろうなと思う。その瞳には涙がこぼれている。あたしはヒューイを抱きしめてあげた。
「ヒューイ! 頑張ったね! 良い子だったね!」
「がうーっ! がうっ、がうっ」
「よーしよーし、良い子良い子だ」
「がうわんっ、がうあんっ」
「ヒューイ、もう、くすぐったいってばあ」
やがて訓練士の男性が歩いてきた。あたしのそばで立ち止まり、訓練の成果を教えてくれる。
「イリアさん、ヒューイの訓練は無事に成功しました。良かったですね」
「ヒューイは何を覚えたんですか」
あたしは立ち上がる。あたしのお尻にヒューイは抱きついた。
「がうわうわう、がうわうわう」
「潜在能力はドラゴニックオーラを使えるようになりました。魔法も一つ使えるようになり、魔法名はエアロストライクです」
エアロストライクは知っていた。故郷にも使えるビーストがいて、見せてもらったことがあったからだ。前方の直線上の物体を切り裂く風魔法である。
「エアロストライクは分かります。ドラゴニックオーラって何ですか?」
「ドラゴニックオーラは、戦闘中ヒューイが怒りを感じる度に蓄積されて大きくなり、身体能力や魔力を上げる作用をもたらします」
「蓄積?」
「はい。簡単に言うと、怒れば怒るほどヒューイは強くなるということです」
「なるほど! 分かりやすいです」
「がうわうがうわう」
「それでは、イリアさんヒューイと共に、着いてきてください」
「あ、はい。ヒューイ、行くよ?」
「がうわうがうわう」
あたしたちは訓練所のグラウンドへと案内された。訓練士が説明した通りに、あたしはヒューイにエアロストライクを唱えるように指示した。二十メートル離れたわら人形に向かってヒューイが唱える。
「がぐるわんが!」
ズシュンッ。
ヒューイの頭からわら人形に向かって一直線に鋭い風が吹く。わら人形はコンクリートの土台もろとも綺麗に縦に切断された。あたしは感嘆として、その場で飛び跳ねる。
「すごいすごい、ヒューイ! すごいわ」
「がうあるう♪」
「一生懸命修行したんだね! はい、ご褒美よ」
ポケットからクッキーを取り出して、ヒューイの口に入れる。
「がうっ、がうっ」
カリカリと食べてくれた。可愛いったらない。
訓練士はまた説明をした。
「ドラゴニックオーラはこのグラウンドでお見せすることはできません。ですがイリアさんの冒険者の仕事中に見る機会があると思います。その時にご確認ください。それで大丈夫ですか?」
「はい! 大丈夫です」
「それでは、戻りましょう」
「はい。ヒューイ、行こう!」
「がるあー」
あたしたちは建物のカウンターの前に戻ってきた。訓練士は挨拶をすると立ち去ろうとした。あたしはその背中に「ヒューイをありがとうございました!」と声をかける。彼は一度振り向いて、
「仕事ですから」
「がうわん」
ヒューイもお別れの挨拶をしたようだ。訓練士は一礼して奥の部屋へと去って行く。またエミルが話しかけてきた。
「それじゃあイリアちゃん。一回目の訓練はこれで終わりだよ。二回目にここで訓練をする場合は、最低でも三ヶ月は日を置いてからにしてね」
「あ、はい。それは何か理由があるんですか?」
「ヒューイは次に実戦経験を積む必要があるってことさね。ここで訓練をするよりも、イリアちゃんと一緒に仕事をする実戦の方が、ビーストにとってはより質の高い訓練になるだろ? 今回の訓練で覚えたことを完全に身につけた段階で、満を持して次の訓練に進むんだ。いいかい?」
「あ、はい。分かりました」
「ちなみに次の訓練をする時の金額なんだけどね」
「はい」
「金貨300枚さ」
「……マジですか?」
ちなみに今回の値段は金貨100枚である。次の訓練の値段は3倍だ。
「マジだよ。だからイリアちゃん、ゆっくり時間を取って仕事をして、稼ぐと良いよ。もっともっと上を目指すならの話だけどね。その前にCランクの記憶石も買った方が良いし、お金をどんどん稼ぎなね」
「善処します」あたしは苦笑した。
「がうわう!」
「それじゃあ、何か聞きたいことは他にあるかい?」
「あ、あの。ビーストの進化について詳しく聞きたいです」
「進化は、まずビーストが生まれてから一才にならないとしてあげられないよ。進化はビーストにとってとても苦痛を強いるんだ。一才にならないと、体がもたなくて死んじまうって言われている。だから、まず一才になることが一つ。そして、進化の実をどこかから買ってくるか取ってくるかする必要があるね」
「あ、はい。進化すると、ビーストはどうなるんですか?」
「それは進化してからの楽しみにしておいた方が、良いんじゃないかい?」
「あ、確かにそうですね」
「そうさ。さて、他に聞きたいことは?」
「いえ、大丈夫です」
「がうがう!」
「それじゃあ、あたしたちは、またクラノヘイムに帰ります。三日後ですが」
「うん! またね! 元気でね、イリアちゃんとヒューイ」
「はい!」
「がるあん!」
そしてあたしたちは訓練所の建物を出た。出たところで立ち止まり、あたしはヒューイに声をかける。
「ヒューイ、あたしこれからちょっと、子供の王子様と用事があるの。一緒に来てくれる?」
「がるあ。がうがう」
「ありがとう。それじゃあ、行くよ。途中で肉屋にも寄ってあげるからね」
「がるあーん」
あたしたちは歩き出した。まず市場の肉屋に行って、ヒューイの朝ご飯の生肉と、お昼ご飯の燻製肉を買う。どの肉が良いかはヒューイに選ばせてあげた。匂いで分かるようで、ランクの高い肉をチョイスされる。今日は訓練終了のお祝いということで、あたしは奮発してあげた。リュックから大きなお皿を取り出して、その場で食べさせてあげる。
あたしの朝食として、唐揚げとパンとフルーツジュースを買った。ヒューイと一緒に道ばたで立って食べた。
……時間は指定されなかったけど、パミュリーノはもう待っているのかしら?
ヒューイを連れて、王城の池の岸の道を歩いていく。少ししてレムレリアの森の入り口に到着した。そこには赤い王族の服を着たパミュリーノが待っており首を長くしていた。足下にはスライムもいる。
「お、お、お、お前! 来るのが遅いんだよ!」




