2-4 パミュリーノ
訓練所を出るとあたしは暇になった。これから一週間、ヒューイの訓練が終わるまでルティオルを離れることはできない。その間観光をする予定ではいた。もちろん王都の冒険者ギルドで仕事もする。だけどその前に、ここまで連れてきてくれた商人のステフさんの露店に行ってみよう。そして何か買ってあげようと思った。市場に向かって歩き出す。
こうして王都を歩いていると、クラノヘイムとは人々の服装が違うことに気づいた。ルティオルの都民はちょっと高級そうで、質の良さそうな着物をしている。比べてクラノヘイムの町民は、シャツに短パンというか、動きやすさ重視の服装であり、言ってみれば少しダサい。
人間観察をしながら歩き、市場へとたどり着く。あたしは露店の一つ一つを回り、ステフの露店を探して歩いた。途中フルーツジュースを二つ買った。あたしはコップを一つしか持っていなかったので、もう一つコップも買うことにする。全部で大銅貨3枚の値段がした。一つは自分で飲み、もう一つはステフへの差し入れである。
市場の奥の茶色いテントだった。少し怪しげな雰囲気である。入っていくと、ステフがマットに座っていて、小気味の良い挨拶をくれた。
「はい、いらっしゃいませ。って、なんだ、イリアじゃないか!」
「ごめんください。来ちゃいました」
「よく来てくれたね。どーぞどーぞ、入りな。店を見ていっておくれよ。今ならお安くしておくよ、おじょーちゃん♪」
「あ、ステフさん、これ、差し入れです」
あたしはフルーツジュ―スのコップを渡した。
「いいのかい? もらっても」
「はい。お世話になったんで」
「ありがとう!」
ステフはさっそくカップに口をつける。ゴクゴクと飲み「こりゃあ良い味だ」とつぶやいた。
あたしはテントの床の赤いマットに並べられているアクセサリーを物色した。どれもこれも綺麗で、そして値札を見ると高額だ。一番高いものは金貨200枚である。あたしは気になって聞いた。
「これらのアクセサリーは、どこで手に入れたんですか?」
「ふふんっ、これらのアクセサリーについている宝石はねえ、冒険者たちが魔物から取ってきた魔物の核さ。だから、ほとんどが魔道具だよ」
「へー、例えばこの、一番高いアクセサリーは、どんな魔道具なんですか?」
「それはアルカラン地方に出る、フェニックスの核を加工した指輪さ。致命救済の効果が込められているよ。致命救済っていうのはつまり、瀕死のダメージを受けた際に、瞬時にダメージを回復してくれる効果がある。まあ、一回きりみたいだから、効果が発動したら核がダメになるけどね。あはは、イリアちゃん、買って行くかい?」
「いえ、お金がありませんでした」
「そうかいそうかい。ちなみに、予算はいくらなの?」
「ええっと、金貨5枚ぐらいと思っています」
「それならこれは?」
ステフが黄色い核のついたネックレスを指さした。
「そのアクセサリーは、どんな効果なんですか?」
「これは一番初級の魔法、ライトが使えるようになる魔道具だよ。魔法の呪文を詠唱しなくとも使えるようになるね。ライトって知っているだろ?」
「あ、はい。明かりを照らす魔法のことですね」
「そうそう。イリアちゃんはビーストテイマーだから、ライトの魔法を使うにも、魔力の消費が激しすぎて使えないだろう? だけどこのアクセサリーがあれば、魔力の消費をぐーんと抑えられるよ。どうだい? 冒険者には必須の魔道具と言えると思うけどね」
「うーん」
あたしは考えた。確かにライトの魔法があれば便利である。夜の任務を請け負った時なんかは、とても頼りになりそうだ。
「ライトは何度でも使えるんですか?」
「そうねえ。100回使っても、核は壊れないと思うよ」
……100回か。
「それじゃあ買います!」
「まいどあり! 金貨4枚さ」
「あ、はい」
あたしは銭袋から金貨4枚を取り出して支払った。
「いま装備していくかい? それとも、袋に入れてあげようか?」
「あ、装備して行くので、袋は大丈夫です」
「はい。それじゃあ持って行っていいよ」
「ありがとうござました」
あたしはネックレスをもらって首にかける。ちょっとオシャレなネックレスだった。あたしは試しに「ライト」と唱えてみる。すると右手からボールのような丸い球体が生まれて、目の前に浮かぶ。テントの中がパッと明るくなった。
「すごいですね。これ」
「ああ。大事にしなよ。ライトの魔法は冒険者にとって必需品なんだから」
「はい!」
あたしライトの魔法を解除する。それから少し世間話をした。普段ステフは行商人ではなく、クラノヘイムに店舗を持っているらしい。あたしはクラノヘイムに帰ったら、彼女の店舗にも顔を出してみようと思った。ステフは十日間ほどルティオルに滞在するようだ。ステフにお願いされて、あたしはまた帰宅時に、彼女の護衛を引き受ける約束をした。帰宅が三日遅くなる上に、護衛料金は来た時と同じく金貨2枚と銀貨5枚で安かった。だけどあたしはステフと仲良くなろうと思った。なのでその金額を飲むことにする。余ってしまう三日間はルティオルの冒険者ギルドで仕事を請ければ良いと思った。
ステフに別れを告げて茶色いテントを出る。もう少し市場を見て回ろうと思い、歩き出した。その時である。大通りで諍いの声が聞こえてきた。何だろうと思い、あたしはそちらへと足を向ける。その場所に行くと、10才ぐらいの子供たちが喧嘩をしていた。二人の男の子が一人の男の子に何か叫んでいる。
「おいお前! ビーストテイマーのくせにスライムなんか連れやがって、マジでダサいんだよ!」
「よーしよーし、俺たちがそのスライムを殺してやる!」
「や、やめてくれよう! やめてくれよう! ボルフレアは、ただスライムじゃないよぉ。スピリットスライムなんだ!」
「ボルフレアだと? イカツイ名前をスライムなんかに付けやがって。生意気なんだよ!」
「俺たちの華麗な剣さばきに、ボルフレアは着いてこれるかなー?」
「や、やめろよう! やめてくれよう!」
「ぎゅぎゅっ、ぎゅうっ」
スライムが男の子を守るように立ちはだかった。いじめられている男の子は、まるで貴族のようなオシャレな赤い服を来ていた。だけど顔だちは平凡である。そしてビーストテイマーとしては一番情けないと言われている弱小のスライムを連れていた。その佇まいが癇にさわったのだろう。二人の男の子は、ショートソードでスライムに斬りかかっていく。
「俺たちが殺してやるぜ!」
「スライムなんて、雑魚なんだよー!」
「や、やめろー!」
「ぎゅぎゅっ!」
スライムは二度跳ねて、二人の男の子の腹にタックルをかました。
「痛って、なんだこいつ!」
「調子に乗りやがって、ファックしてやる!」
「やめてくれよう! オイラが一体、お前たちに何をしたって言うんだ! う、う、うわあぁぁぁぁああん」
「お前! 泣いたって許さねえからな! 大体その格好ムカつくんだよ! 顔は不細工なくせに、変な服着てるんじゃねー」
「そうだそうだ! ここで俺が魔法を使ってやる。へっへーん。お母ちゃんにもらった、アクセサリーの力、とくと見よ。ファイアーボール!」
いじめっ子の男の子の右手から火球が射出される。
「ぎゅぎゅぎゅっ」
スライムは主人を守るために、ファイアーボールをわざとくらって耐えた。
ぼんっ。
「ぎゅぅぅぅぅ」
スライムが若干焦げて、ぶすぶすと煙を上げる。あたしはさすがに飛び出した。イジメに魔法まで行使するなんてさすがにやり過ぎだ。間違えれば死人が出てしまう。
「あなたたち! やめなさいよ! この男の子が何をしたって言うの?」
「何だお前、外野は引っ込んでろ?」
「鬼ババアは出てくんな!」
あたしは両手を腰に当てて叱りつける。
「ファイアーボールなんて人に向けて使うな! 本当に相手が死んじゃうかもしれないでしょうが!」
「うるせえ! 黙ってろ!」
「鬼ババアもまとめて可愛がってやろうか!?」
「言ってもダメなら、実力行使するわよ?」
「やってみろー、へへーん、お前みたいな華奢な女に何が出来る?」
「鬼ババア退治と行こうか、やっちまおうぜジーニス」
「そうだな、ゼクト!」
二人の男の子がショートソードであたしにかかってくる。あたしはため息をついて、踊るようにステップを踏んだ。ジーニスとゼクトの間をすり抜ける。回転し、その首元に手刀を打つ。もちろん、手加減はする。
ビシッ、バシッ。
「痛ってえ! 骨が折れたあぁぁぁぁああああ!」
「この鬼ババア、強えぇぇぇぇええええ!」
「骨なんて折れる訳ないでしょ、手加減したんだから。それより貴方たち、もう家に帰りなさい!」
「く、くそう、このアマ、いつか殺してやるからな!」
「鬼ババア、覚えとけよ!」
二人の男の子が逃げて走って行く。すぐに人混みに紛れて姿を消した。あたしはふうとため息をつき、泣いている男の子に歩み寄る。
「貴方、大丈夫?」
「う、うるせえよ。なんでオイラを助けたんだよ。あんな奴ら、オイラとボルフレアだけで大丈夫だったんだよ。鬼ババアめ」
くう……。せっかく助けてあげたのに、この言われようはなんだろう。あたしはさすがにムカついた。
「貴方ね……」
「ぎゅぎゅぎゅぅ」
スライムが這って行って、男の子の隣に寄り添った。彼はスライムを抱き上げて、焦げついた箇所を手で払った。
「大丈夫だったか? ボルフレア?」
「ぎゅぎゅぎゅっ」
「そうかよ。お前は最強だもんな! なっ、ボルフレア!」
「ぎゅぎゅう!」
「パミュリーノ様」
人々の合間から一人の長く白い髪女性が駆け寄ってきた。その人にあたしは見覚えがあった。黄色い右目に緑色の左目。セフィである。そう言えば彼女はこのルティオルで暮らしているのだった。セフィの後ろからは白銀の狼、ベルゼルが付き従っている。
「パミュリーノ様、何かあったのですか?」
「セフィか!? な、何でもねえよ! ただ、ちょっと絡まれただけだい!」
「セフィさん!」
あたしは声をかけた。
「イリア? そなたどうしてここに?」
「ちょっと用事があって来たんです!」
「おいセフィ、俺とボルフレアは王城へ帰るからな!」
「パミュリーノ様、お供します」
「うるせえよ。邪魔だ! お前は来るんじゃないよ!」
セフィは眉をひそめて嘆息した。あたしはさすがに怒った。パミュリーノに近づいて、その頭にチョップを振り下ろす。
ビシッ。
「痛だっ!」
「パミュリーノ、貴方ねえ、助けてもらったのなら、ありがとうの一言ぐらいあっても良いんじゃないの?」
「助けなんて必要無かったんだよ!」
ビシッ。
「痛っ!」
「イリア、やめてください」とセフィ。
「どうしてですか?」
「第七王子です。パミュリーノ殿下は」
「だ、第七王子ぃぃ?」
パミュリーノは確かに、王族が着るような赤い服を着ている。よく見れば服に宝飾もされていた。黒い靴にはやけに光沢がある。風貌は三枚目だが、どうやら王族のようだ。
「そうだぞ! お前! 俺は、こう見えても偉いんだからなあ!」
パミュリーノが高々と叫んだ。
そして、あたしはセフィと共にパミュリーノを王城へと送り届けることになったのだった。もちろん彼は着いてくるなと文句を言ったのだが。送り届けた後、王城の一室でセフィはあたしをお茶に誘った。分かりましたと返事をし、王城で彼女とお茶をする。




