2-3 訓練所
朝一番、あたしはビースト訓練所に来ていた。直方体のレンガ張りの建物であり、入り口はどんな大きなビーストでも通れるように大きかった。そこから入っていき、カウンターの前であたしは挨拶をする。
「おはようございます」
「あら嬢ちゃん。久しぶりだねえ。ええっと、名前はなんだったっけ?」
バンダナを巻いた太っちょのおばさん応対をしてくれる。以前ここに来たのはもう三ヶ月前の事だ。
「あたしはイリアです」
「そうかい。私はエミルさ。イリアちゃん、朝早くから何の用事だい?」
「あの、ヒューイを、あたしのビーストを訓練に出したいんです」
「ふーん、その子かい?」
エミルがヒューイを指さす。
「がうあう」
「はい。お願いしても良いですか?」
「高いよ? イリアちゃん」
「お金なら、ここに」
あたしは担いでいたリュックをカウンターに置いて、中から銭袋を五つ取りだした。袋一つにつき、金貨20枚が入っている。
「お金があるのかい! へえ、ずいぶん稼いでいるんだねえ」
「ヒューイのおかげです!」
「仕事は何を?」
「冒険者です」
「冒険者か! イリアちゃんみたいな女の子がねえ、ふーん」
エミルはあたしの頭から足の先まで眺めて、感慨深げ二度頷いた。あたしはやっぱり頼りなさそうに見えるのだろうか?
「そのヒューイは、訓練をするのは初めてかい?」
「そうです」
「がうがう」
「そうかい! じゃあ、金貨100枚さ。イリアちゃん、払える?」
「はい。この五つの袋に金貨が20枚ずつ入っています。数えてもらえますか?」
「凄いね。はい、それじゃあ数えようか」
エミルは胸ポケットからメガネを取り出して装着し、あたしの銭袋を開けて金貨の枚数を数え始める。その間、あたしはヒューイのそばにしゃがんで言い聞かせるように言った。
「ヒューイ、貴方はこれから一週間、ここで訓練をするのよ」
「がう? がるあーう」
「頑張ってね、ヒューイ。頑張れば、もっともっと強くなれるはずよ」
「がるあ♪ がるあ♪」
「訓練が楽しみね」
「がうー♪」
それからあたしは立ちあがって、周りに視線を向けた。右側にもカウンターがあり、何か売っているようだ。ビーストの餌と書かれてある。あたしはいつもヒューイに肉を食べさせているのだが、もっとバランスの取れた餌があるのだろう。ちなみにヒューイは雑草も食べる。
「はい。イリアちゃん、丁度金貨100枚だね。いただきました」
おばさんがメガネをオデコの上に載せてニコニコと声をかけた。あたしは向き直る。
「はい!」
「それじゃあ今日からヒューイを一週間借りるけれど、大丈夫かい?」
「大丈夫です。あたしは王都で待っていますので、お願いします」
「ふーん。家は?」
「クラノヘイムです」
「なるほどね。あと、訓練中の一週間なんだけど、主人のイリアちゃんはこの訓練所に来てはダメだよ」
「え、どうしてですか?」
「ビーストが甘えた気持ちになるからさ。この一週間はヒューイにとって、軍人の鍛錬のような厳しい訓練期間になるね。だから、あんたがもしも、間違ってここに来てヒューイと会ってしまった場合、ヒューイの訓練成果について期待はできなくなるよ」
「そ、そうですか」
「それと。今の話に関わらず、訓練の成果は大きい場合もあれば小さい場合もあるね。それはヒューイの頑張り次第と、潜在している能力によるからね。ここまでいいかい? イリアちゃん」
「だ、大丈夫です」
「はい。それじゃああたしは訓練士を呼んでくるから、あんたはヒューイと一週間のお別れの挨拶をしておきな」
「はい」
エミルはカウンターの奥の部屋へと歩いて行った。あたしはまたヒューイのそばにしゃがんで、その背中を撫でる。
「ヒューイ、話は聞いていたわね」
「がぅぅ、がぅぅ」
「一週間会えないんだって」
「がうぅぅぅぅ」
ヒューイが嫌だ嫌だというふうに首を振る。
「あたしも寂しいんだよ? だけど、この街で待っているから。一週間後には迎えに来るからね。ヒューイ、頑張るんだよ」
「がぅゎぅゎぅゎぅ」
「ヒューイ!」
あたしはドラゴンの頬を両手で挟んだ。
「頑張れるね?」
「が、がう」
「一緒に頑張ろうね?」
「が、がう!」
「よし、良い子だ」
あたしはポケットからクッキーを取り出して、ヒューイの口に入れて上げる。舌でべろんと受け取り、カリカリと食べた。何か、かなり寂しい気分だな。
やがて男性の訓練士が来てあたしに言った。
「イリアさんですか?」
「はい」
あたしは立ち上がる。
「では、ヒューイを借りていきます」
そう言って訓練士の男性はヒューイの首輪にチェーンを取り付けた。
「ヒューイ、行きますよ?」
「が、がうがう!」
「ヒューイ! また一週間後にね!」
あたしは右手を上げた。男性がチェーンを引いてヒューイを連れて行く。ヒューイが顔だけ振り向いた。
「がうわう!」
「ヒューイ、頑張ってね」
「がうわうわうわう!」
「ヒューイ!」
訓練士の男性とヒューイはカウンターの奥の部屋へと入って行った。あたしはヒューイの姿が見えなくなるまで手を振り続けたのだった。
次は19時20分です。




