2-2 交渉
翌日の朝。
あたしとヒューイが冒険者ギルドへ行くと、いつもは待っているはずのディアスの姿が無かった。やっぱり、顔を合わせるのが気まずいんだろうな。しばらく一人にしてくれって言っていたし。ギルドの扉をくぐり、歩いてカウンターの前に来る。
「ランディさん、おはようございます」
「おう、イリアの嬢ちゃん、おはよう。ディアスなんだが、さっき一人で仕事を請けて行っちまったぞ。何かあったのか?」
「あ、いいんです」
あたしは顔の前で手のひらを振った。
「それより、今日からちょっとあたし、ルティオルに行って来ようと思うんです」
「そうか。それは一体、どうしたんだ?」
「実は……」
あたしはヒューイをビースト訓練所に預けて訓練させる旨を話した。大金がかかる上に一週間がかかる。それが終わるまではクラノヘイムに戻れない。だけど訓練させればヒューイは強くなるのよね。あたしは意気揚々と語った。そして、ディアスに会ったらそのことを伝えて欲しいことも告げた。ランディは快く了承してくれた。
「そうか! それじゃあ嬢ちゃん、ルティオルに行ってきな」
「はい! それじゃあ、一週間お暇します。ヒューイ、行くよ」
「がるあう!」
二人でギルドを出る。それから町の商人ギルドへと向かった。ルティオルに行く際の護衛を必要としている商人を探す。ルティオルに行くことができて護衛料金ももらえれば一石二鳥だ。ふと見知った顔の男性が声をかけてきた。
「おお、貴方はイリアさんでは無いですか?」
「フィリップさん、こんにちは!」
フィリップは、私が初めてルティオルに行く時に護衛として雇ってくれた行商人である。あの時は確か、ディアスも一緒だった。
「あの、ルティオルに行こうとしている商人を探しているんですが」
「おおお、それでしたら、いま私が行こうとしています。冒険者ギルドへ頼みに行くところでしたが、良かったらイリアさん、護衛を頼めますか?」
「あ、はい! ありがとうごさいます」
「料金ですが。金貨3枚でどうでしょう?」
「え……?」
以前は金貨6枚を支払ってくれたはずである。それが半分とはどういうことなんだろう?
「あの、前は金貨6枚ではありませんでしたか?」
「はい。あの時は春で、冬眠から目を覚ましたオウルベアーが道中に出るという話でしたから。ですが今は夏です。オウルベアーのような凶悪な魔物は出ないでしょう。ですので、料金は金貨3枚と思っています。イリアさん、どうでしょうか?」
「うーん、ちょっと考えさせてください」
「いいですよ」
今ここにディアスがいたら、もうちょっと金額をアップさせる商談を成立させるんだろうな。そういうところ、あたしはまだまだだ。今更になって、ディアスの存在が恋しくなってきた。あたしは顔をぶんぶんと振る。いまディアスはいないんだ!
金額をつり上げる。
「金貨4枚なら、護衛の仕事を引き受けます」
「ふむ、では、金貨3枚と銀貨5枚でいかかでしょうか?」
「金貨4枚!」
「ふむ、それでは、金貨3枚と銀貨6枚ならどうですか?」
「金貨4枚!」
「イリアさん、今回はご縁が無かったことにしましょう。私は冒険者ギルドへ別の者を雇いに行くことにします」
「そ……そうですか。金貨4枚ではダメでしたか」
「ええ。それでは、また」
「はい。さようなら」
「がるあるう」
ヒューイも別れの挨拶をしたようだ。フィリップは行ってしまった。あたしはがっくりと肩を落として、他の商人に声をかけて歩くのだった。しかし探せども探せども、ルティオルに今日行くという商人は見つからない。それどころかあたしは少女に見えるようで「お嬢ちゃんみたいな可愛い冒険者は雇えねーよ」などとからかってくる商人もいた。腹立つー。まあ、実際年は16なんだけれどね。
だんだんと昼が近づいてきていた。そんな時である。
「ねえ、あんた。ルティオルに行く荷馬車の護衛を引き受けてくれるって?」
後ろから肩に手が置かれた。振り向くと、ドレッドヘアをした年配の女性がいて、生き生きとした顔をしている。
「あ、はい。ルティオルに行きたいんです」
「私もいま行くところだよ。冒険者ギルドに護衛を頼みに行こうと思っていたけど、あんた冒険者なら、私が雇ってあげよっか?」
「はい。料金は?」
「金貨2枚と銀貨5枚だね」
う……。フィリップが提示した金額よりも安い。あたしは考え込んだ。ここで値段をつり上げて、また破綻になってしまったら、次の人を見つけるまでに日が暮れてしまうかもしれない。く、くぅぅぅぅ。あたしは不承不承、頷いたのだった。
「はい。金貨2枚と銀貨5枚で大丈夫です」
「そうかい! じゃあ交渉成立だね。ギルドの建物の外で待っといておくれよ。すぐに荷馬車を連れてくるから」
「はい、お願いします」
なるほどと思った。交渉術も冒険者スキルである。一人でやってみて学ぶことは多い。今までいかにディアスに頼ってきたのかが身にしみて分かる一件だった。
商人の女性の名前はステフと言った。ヒューイを荷台に乗せてもらい、あたしは御者台のステフの隣に座った。道中、交渉術についてステフに質問した。
「あんた駆け出しの冒険者なんだろ? だったら、年配だなって思える相手が提示した金額を引き上げちゃダメだよ」
「ど、どうしてですか?」
「そりゃあそうさ。何度も一緒に仕事をして、恩を売っているのならともかく、あんたみたいな、言っちゃ悪いけど頼りなさそうな? 女の子に値段を引き上げられたら、そりゃあ年上の商人もプライドが傷つけられるよ」
「た、頼りなさそうですか? あたし」
「うん」
「そ、そうですか……」
あたしはがっくりと肩を落とした。
「あんた町の人間じゃないねえ。去年はいなかったもんね。外からやってきただろ?」
「あ、はい。フェルメル村から来ました」
「それなら、ここ2、3年は、相手が提示した金額をそっくり飲むことだね。色んな人と仕事をして、とりあえず顔を売ることさ。顔を売ることができたらその次は恩を売る。何度も仕事をしているうちに、あんたにだってどうしても金が必要な事態が起きる。武器が壊れたとか、他にも出産とかね。そういう時に、事情を話してこの金額でお願いしますと言えば、相手も無下に断れないだろ?」
「なるほど」
「まあ、一商人の戯れ言として聞き流しておくれよ。悪い人もいるから、あんたは騙されないようにね」
そう言ってステフはポケットからタバコの箱を取り出して、一本口にくわえた。マッチで火をつける。ぷふーと美味しそうに煙を吐いた。
そしてその日、道中に凶悪なモンスターは現れなかった。途中、休憩をしてステフが出してくれたサンドイッチを食べた。ヒューイはいつも通り、あたしが持ってきていた燻製肉の塊だった。ルティオルの商人ギルドに到着すると、ステフは嫌な顔一つ見せずに金貨2枚と銀貨5枚を支払ってくれた。あたしただ御者台に座っていただけだというのに。働いていないのに。
色んなことを考えさせられる一日であった。もう夕方であり、ビースト訓練所に行くのは明日にすることにする。ステフはしばらく王都にいるようだ。市場で露店をやるので、気が向いたら遊びに来て欲しいと言った。あたしは一緒に仕事をした手前、彼女のお店に行って何か買ってあげようと思った。
そしてヒューイと共に宿屋へと行く。




