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1-16 油断



 星降り平原にあたしとヒューイはいた。


 クラノヘイムの町の東に位置するその平原は少しランクの高いモンスターが出るという話だった。いま、あたしたちから50メートルほど離れたところに一頭のスピリットウルフがいた。体格が馬のように大きい。青い炎のように体が燃えているような姿である。あれやばいよね。あたしは今回の依頼内容を思い出した。



 依頼 星降り平原に出現しているスピリットウルフの討伐。

 理由 スピリットウルフの霊魂結晶を入手し納品して欲しいから。霊魂結晶はCランクかそれ以下の魔法を使うための触媒として用いられる。霊魂結晶一つにつき、触媒は50個ほど作成できる。

 報酬 霊魂結晶一つにつき、金貨5枚。

 期限 なし。

 注意事項 スピリットウルフは火の息を吐くので注意が必要。他にも動きや攻撃が速い。



 今日はディアスがいなかった。朝、冒険者ギルドへ行っても待っていてくれなかったのである。彼にも彼なりの用事があるのだろう。だから仕方無いと思った。そんな訳で、あたしとヒューイで仕事をすることにしたのである。依頼ランクはDだ。


 あたしはしゃがんだ。隣にいるヒューイの背中に手を置き、戦い方を教える。


「ヒューイ、今から二人であの青い狼の亡霊みたいなのを狩るわ」


「がうあう!」


「良い? 戦い方は簡単。相手が自分を攻撃してきたら逃げる。相手があたしを攻撃していたらヒューイは後ろから攻撃する。つまり挟み撃ち。その繰り返しよ」


「がうるう♪」


「相手は火の息を吐くわ。だから、ブレスにはよくよく注意して」


「がるあん」


「あたしがエアロウインドと言ったらエアロウインドを使いなさい。それと、あたしかヒューイが傷ついたらすぐにヒールで回復よ」


「がうがう!」


「よし、行くわよ」


 あたしは立ち上がった。腰の鞘から双短剣を抜く。そしてヒューイと一緒に並んで歩いて行った。スピリットウルフはすぐにあたしたちの接近に気づいたようで、威嚇したように吠えた。


「ギャギィィィィ!」


 まるで人間の断末魔のような吠え声である。ヒューイは若干怯えて、歩行速度が遅くなった。ここで主人のあたしがひるんだ様子を見せてはいけない。主人の不安はビーストの心に直で影響するのである。


 スピリットウルフがこちらへと走り出した。近くで立ち止まり、大きく息を吸う。


「火の息が来るわ。ヒューイ、避けるわよ!」


「がうあ!」


「ギャギァァァァ!」


 スピリットウルフが炎を吐いた。その勢いはすさまじく、辺りの草が一気に焼かれて灰になった。これに当たったら大怪我では済まない、よね。


「ヒューイ、エアロウインド!」


「ガルアルンガ!」


 小さな竜巻が起こる。スピリットウルフは宙に持ち上げられて、地面に叩きつけられた。


「ギギュー!」


 すぐに立ち上がろうとするのだが、ヒューイがその腹を引っかいた。


「がうあう!」


「ギギャゥゥゥゥ!」


 スピリットウルフが顔を向ける。そしてヒューイに飛びかかろうとした。あたしはすぐに指示した。


「ヒューイ、離れて!」


「がう?」


 ヒューイは指示を聞いてスピリットウルフから距離を取る。



 ……ここは落ち着いて狩らないと。



 スピリットウルフはヒューイに向かって走り出す。ヒューイは逃げるように一直線に突っ走った。馬鹿! これじゃああたしが攻撃できないよ。


「ヒューイ! 周りを回るように逃げなさい!」


「がぅ、がうがう!」


 ヒューイが半円を描いてこちらへと戻ってくる。その後ろからはもちろんスピリットウルフが追いかけてきている。これではあたしはバックアタックができない。


 ヒューイがこちらへ近づいたところで、あたしは再度指示した。


「ヒューイ、エアロウインド!」


「ガルアルンガ!」


 スピリットウルフが宙に浮き、地面に叩きつけられる。


「ギギュー!」


 ヒューイは今すぐにでも攻撃を繰り出そうとしている。


「ダメよ、ヒューイ。敵を挟んであたしと対面に立ちなさい」


「がぅ? が、がう!」


 ヒューイが移動する。スピリットウルフが立ち上がった。ヒューイの方を向いている。よし! やっと挟み撃ちの陣形が取れたわ。


 敵が動く前にあたしは短剣を薙いだ。相手の尻尾をスパンッと根元から跳ね飛ばす。空中に尻尾が舞った。


「ギギュゥゥゥゥ!」


 スピリットウルフが痛みに悲鳴を上げて、怒ったようにこっちを向いた。


「来なさい!」


 スピリットウルフが突進してくる。あたしは踊るようなステップを踏んで回避した。もう一度突進が来る。ぶつかる寸前でひょいっと避ける。まるで暴れ牛を相手にしている気分である。


「ヒューイ! バックアタック!」


「がるある!」


 ヒューイがスピリットウルフの背後から右足に噛みついた。そのまま体を回転させてトルネードする。鈍い音と共に右足がもげた。


 ボキッ。


「ギギュゥゥゥゥ!」


 スピリットウルフは血を流さなかった。そういうモンスターなのだろう。


「ヒューイ、離れて!」


「がうあう!」


 スピリットウルフは、ぜーぜーと息をしてヒューイを振り返る。だけどもう全速力では走れなかった。よたよたと歩く。今度はあたしが背後から襲いかかった。短剣で左足の膝裏を刈り取る。


 ザシュッ。


「ギギュゥゥゥゥ!」


 両足を無くしたスピリットウルフが尻を地面につけた。だけど完全に倒すまで油断は禁物である。それが分からなかったのか、ヒューイが敵の喉に噛みつこうとダッシュした。


 スピリットウルフが最後の力を振り絞ってブレスを吐くために息を大きく吸い込んだ。やっぱり! こういうこともあると、思っていたのよね。


「ヒューイ!」


 あたしは走り、横からヒューイに抱きつくようにして地面を転がった。瞬間、ヒューイが元々立っていた場所に炎のブレスが走り抜ける。数秒間土が燃えるほどの高熱だった。……今の、ヒューイが死ぬところだったよね。


「ヒューイは下がってていいわ」


「が、がうゎぅゎぅゎぅ」


「最後まで油断したらダメなの、良い?」


「が、がう」


 ヒューイは死にそうになったため、かなりのショックを受けているようだった。あたしは倒れているスピリットウルフにゆっくりと近づいて、荒れた呼吸をするその喉元に短剣突き刺した。


「ギギュゥゥゥゥアァァァァ!」


 スピリットウルフの体が青白く揺らぎ、やがて消えた。地面にはクリスタルのような紫色の石が落ちている。やった。霊魂結晶である。拾い上げて、担いでいるリュックに大切にしまった。ちなみにリュックの中にはほとんど荷物が入っていない。なので戦闘中でも下ろさなかった。


 おすわりをしているヒューイの元に戻り、ポケットからクッキーを取り出した。差し出すとヒューイがペロッと食べる。


「ヒューイ、戦いは最後まで油断しちゃダメなの。そうじゃないと今みたいになるわ」


「が、がるあん」


「次回は注意しなさい。できる?」


「が、がるあるーん」


「良い子ね」


 ヒューイの首を撫でてあげた。これで仕事は終わりである。時間は短く済んだけれど危険な仕事であった。そんな感想を抱きつつ、町へ帰ろうと思い辺りを見回した。


 ふと、クラノヘイムの町がある西の方から荷馬車が走ってきていた。あら、行商人かしら?


 あたしはヒューイに「行くわよ」と声をかけて並んで歩いた。丁度、荷馬車とすれ違うところで荷馬車が止まった。あれ、どうしたんだろう? あたしたちも足を止めた。


「はいお嬢さんこんにちは! 女の子が一人でこんなところに来たら危険だぜぃ」


 荷馬車の後ろから出て来た男の人が声をかけてくれた。頭にはハンチング帽をかぶっている。腰にはシミターがあった。


「あ、あの、あたしに何か用事です、かっ!」


 背後から首に手刀を打たれていた。いつの間に後ろに!? そうか、御者をしていた人が降りてきて手刀を打ったんだ。だけど何で? あたしは訳が分からないまま意識を失っていく。


「ナイスだ、セフィ」


「この女、確かにオッドアイだ。ビーストごと連れて行くぞ」


「オーケーオーケー、ビーストの捕獲は任せろぅ」


「大丈夫か? 相手はドラゴンだぞ?」


「ガウアウアウアウ!」


 最後にヒューイが怒ったように鳴く声が聞こえた。




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