1-14 記憶石
ディアスに事情を説明して、クラノヘイムに帰るのは少し待ってもらった。あたしは行ってみたいところがあった。ルティオルにはビーストタウンと呼ばれるテイマー御用達の繁華街があるという噂である。そこに行きたかった。ビーストテイマーなら一度は行ってみたい場所よね。
ディアスも後ろから着いてきてくれていた。あたしはヒューイと並んで街の石畳を歩いていく。やがてその繁華街に到着した。すれ違う人々の全てがビーストを連れている。彼らはヒューイの翼を見て驚いたような顔をしていた。ドラゴンと言えば希少な存在であることから、珍しいのだろう。それらの瞳は羨望の眼差しでもあった。
「おいおい、みんながイリアを見て振り返るぜ」
……あたしが美人だと言いたいのだろうか? この男は。
「違う。ヒューイを見て振り返ってるのよ」
「いやいや、謙遜しなくて良いからな。おめーは相当の美人だ」
あたしは吹き出して笑ってしまった。
「ありがとう」
そしてリュックを担いでいるヒューイの頭にそっと触れる。
「ビーストがいっぱいいるね! ヒューイ」
「がるあう!」
「ヒューイもいっぱい美味しいものを食べて、大きくなろうね」
「がうあん♪」
あたしはここへ来る前に道具屋で買った地図と睨めっこをしながら、目的の建物を探して歩いた。
「イリア、どこへ行くんだ?」
「ビーストの訓練所がこの辺にあるはずなんだけど」
あたしは首だけ振り返って言った。
やがて見えてきた建物は、一階建てなのだけど屋根が高かった。そして、広大なグラウンドを隣に所有していた。グラウンドではたくさんのビーストがいて、訓練士と共に戦闘訓練をしている。ここだ! ビースト訓練所。やっと見つけた。
「ヒューイ、ここよ」
「がるあ、がるあ」
「ディアスさん。入るよ」
「おう、いいぜ」
二人と一頭で玄関の大きな入り口から中に入る。カウンターのところに太っちょのおばさんがいて、頭にバンダナを巻いていた。あたしは話しかける。
「おはようございます」
「はいおはよう。嬢ちゃん、綺麗なドラゴンを連れているね~。訓練希望かい?」
「ちょっとお聞きしたいことがありまして。この訓練所には、ビーストの記憶石を売っていますか?」
「売ってるも何も売っているよ。高いけどね」
記憶石というのは、強いビーストの戦闘時の記憶や癖を石に封印したものである。作成することができるのは魔法使いだけだ。その記憶石を首輪にはめ込んでヒューイに装着すれば、石に封印されているビーストの戦闘の仕方を覚えることができる。
あたしは怖々としながら尋ねた。
「あの、おいくらですか?」
「記憶石にはランクがあるよ。SからDまである。嬢ちゃんの冒険者ギルドのランクと同じだね。ちなみに、Sランクの記憶石は白金貨900枚さ」
……すごい値段だよね、今の。
ディアスが後ろから口を挟んだ。
「ってことは、高いランクの記憶石の方が、より強いビーストの戦闘スタイルを記憶しているってことか?」
「ああそうだよ。そういうことになるね」
太っちょのおばさんが両腕を胸に組む。あたしはまた聞いた。
「あの、金貨5枚までなら払えます。何ランクの記憶石なら買えますか?」
「金貨5枚ならDランクの記憶石と丁度同じ値段だね。買って行くかい?」
「あ、はい。良かった、お願いします」
「首輪は何色が良いとかあるかい?」
「え、えっと、赤でお願いします」
「はい、じゃあちょっと、その竜の首のサイズを測らせておくれ」
太っちょのおばさんは巻き尺を持ってカウンターから出て来た。ヒューイの首の長さを測る。今度はカウンターの奥の部屋に行った。少しすると戻ってきて、両手に赤い首輪を持っている。首輪の中心には青い石がついていた。記憶石だ。あたしはズボンのポケットから銭袋を取り出して、金貨五枚をカウンターに並べた。
「はい、記憶石を取り付けた首輪だよ。代金は丁度だね。それじゃあ、これをドラゴンちゃんにつけておやり」
「あの、首輪の代金は?」
「首輪はサービスさ」
「あ、はい! ありがとうございます!」
あたしは首輪を受け取り、ヒューイの首に巻いてあげる。
「がるあ♪ がるあ♪」
「良かったね、ヒューイ。これで強くなれるはずよ」
「がるるぅ♪ がうあーる♪」
ヒューイがとても上機嫌だ。新品の首輪を買ってもらったから、というだけじゃない。ヒューイは人の言葉が分かる。だから、この首輪のおかげで自分が強くなれるのが分かったのだろう。良かったね、ヒューイ。
「他に用事はあるかい?」
「あ、えっと、ビーストを強くするために、他にどんな方法があるのかを教えて欲しいです」
「いいよ。首輪を買ってくれたお礼に教えてあげるさ」
太っちょのおばさんは色々教えてくれた。例えばビーストを進化させる方法。ビーストの潜在能力を引き出す方法。他にも、ビーストに魔法を覚えさせる方法、などなど。
どれも大金がかかる上に、ビーストの戦闘での熟練度や、年を重ねることも必要のようだ。あたしはひとしきり聞くと、おばさんにお礼を行った。二人と一頭でビースト訓練所の建物を出る。
「おい、イリア。もう用事は済んだのか?」
「うん。もう終わったから、あとはディアスさんに任せる」
「がうるう♪」
「よし、それじゃあ商人ギルドへ行って帰宅するか」
そしてあたしたちはまた、王都からクラノヘイムへ領へと行く荷馬車の護衛をすることになった。商人ギルドには丁度護衛を必要としていた人がいたようで、あたしたちはすぐに出発することができた。街の南門で商人が通行税を支払い、外へと出る。
荷馬車がガタゴトと揺れていた。ディアスはやはり御者台で馬の手綱を握る商人の隣にいる。あたしは荷台で、ヒューイの背中をとかすように撫でた。
「ぐるーん♪」
「ヒューイ、その首輪どう? 強くなった気はする?」
「がうがうがーう♪」
「そっか。それなら良かった」
「がるあ♪ がるあ♪」
記憶石の効果を確かめるために、あたしはモンスターに襲ってきて欲しかった。なんて言うと、商人の男性には怒られそうだけど。だけどオウルベアーにはもう遭遇したくなかった。いくらヒューイに記憶石をつけたからと言って、オウルベアーが相手ではハードルが高すぎである。青尾鹿のような手頃なモンスターが出てくれれば良いんだけど……。
あたしの思いとは裏腹に荷馬車はガタゴトとのんきに揺れる。やがて昼になり、みんなで荷台に座って食事をした。商人はパンとキクスの実を食事に出してくれた。キクスの実は甘酸っぱくて、とても美味しかった。ジャムパンを食べているような感覚になる。
もちろんヒューイはそれだけでは量が足りない。あたしは買ってきてあった燻製肉のかたまりも食べさせてあげた。
「やけに平和な帰り道だなー」
ディアスが右手で首をさすっている。
「平和が一番ですよ、一番」と商人の男性。
「モンスターが出ないかしら」
「お? イリアは血気盛んだな」
「違うよ。ちょっと、ヒューイを試してみたいだけなの」
「さっき買った記憶石の効果か?」
「うん。弱いモンスターが出てくれれば良いんだけど」
「スライムなら遠くに見えるぜ」ディアスが指さす。
「スライムはちょっと弱すぎるわ」
「まあなあ」
そんな話をしていた時のことである。荷馬車の前の方で馬が怯えたようにわなないた。あたしたちははっとして顔を上げ、荷台から飛び降りる。
荷馬車の前に行くと、向こうから三匹のブラックタイガーがこちらへと走ってくるのが見えた。荷馬車を襲うつもりのようだ。
「よし! 一狩り行こうぜ、イリア」
「待って。ディアスさん、ヒューイに試させてみる」
あたしはヒューイの頭を撫でた。
「ヒューイ、あたしたちが援護するから。ブラックタイガーに攻撃できる?」
「がるぅ、ガルアウ!」
ヒューイはちょっと自信無さそうな顔をしたが、すぐに表情をひきしめる。
「よし、行きなさい」
「ガルアゥ!」
ヒューイが走って行く。
「おいおい、ヒューイだけで大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないから。ディアスさんも援護して」
あたしも走った。その後ろから彼も追いかけてくる。
前方ではヒューイがブラックタイガーと戦っていた。両手の爪でひっかき合う。囲まれて、後ろから背中を噛みつかれようとしていた。危ない! そう思った瞬間、ヒューイは正面の相手の顔の下に飛び込んだ。首に噛みつき、激しくローリングする。ブラックタイガーの首が跳ねるように飛んだ。
鮮血が舞う。
「すごいヒューイ!」
「あいつ! こんなに強くなったのか!」
他のブラックタイガー二匹は戦意喪失したのか森の方へと逃げて行く。ヒューイは追いかけようとした。
「ヒューイ、待て!」
あたしが声を張ると、ヒューイはびくっと身じろぎして止まった。
「おいで」
「がるあ♪ がるあるー♪」
あたしは返り血まみれになったその頭を撫でて上げた。ディアスもヒューイの背中を触ろうとする。
「すげえなあヒューイ、一撃だったな」
「ガルルゥ」
ヒューイはディアスの手を嫌がるように避けた。まだディアスと打ち解けていないようである。
「な、なんでだ?」
「ディアスさんは日頃の行いが悪いですから」
あたしは人差し指を立てて笑った。ヒューイを荷馬車の後ろに連れて行く。リュックからタオルを取りだして、ヒューイにかかった血を拭いてあげた。
「がうあるん♪」
「よし、綺麗になった」
商人とディアスはまた御者台に上がったようだ。一難去って、また荷馬車が動き出す。
「ヒューイ、強くなったね!」
「がるあーん♪」
その後、襲ってくるようなモンスターが現れることはなかった。あたしはヒューイとじゃれ合いながら荷馬車に揺られて、気づくとクラノヘイムの町に到着していた。商人ギルドで護衛料金をもらう。やはり金貨六枚であり、ディアスと三枚ずつ分けた。
それから冒険者ギルドに行った。オウルベアー討伐依頼の期限は三日であり、まだ二日目である。あたしたちは報酬の金貨9枚の他、オウルベアーの目玉の6つの納品報酬である金貨3枚をもらった。目玉は薬の材料となるらしい。全部で12枚であり、ディアスと6枚ずつ分ける。何かあたし、すごく儲けたわ。
そして今日は冒険者ギルドで飲みをすることになった。この国では子供がお酒を飲むのは普通のことである。あたしの両親は、祝いの時ぐらいしかお酒を買ってこなかったのだけど、あたしはお酒が実は好きだ。
ディアスとテーブルの席に隣り合って座り、樽ジョッキをあおる。中身はビールである。ヒューイには今日は特別にランクの高い牛肉のかたまりをあげた。いま、美味しそうにむしゃむしゃと食べている。可愛いったらない。
ギルドには様々な冒険者が出入りしていた。ディアスに挨拶をする人もいて、彼はあたしのことを紹介してくれた。困っていたら助けてやって欲しいともお願いしてくれた。彼は顔が利くようである。まあ、イケメンだし、背は高いし、腕っ節も相当だ。あたしより弱いけど。
周りを見ると、いつの間にか一緒に飲んでいる冒険者の数が増えていた。あたしは酔っ払っていた。なんかすごく良い気分。ディアスはこれからあたしを相棒とするとみんなの前で発表した。みんながびっくりしたような反応をしていた。ジルドのことはどうするんだろうか? だけどあたしは嬉しくて、「よろしくお願いします」と返事をした。
夜が近づいてきていた。そろそろお酒を控えた方が良いだろう。
「ディアスさん、あたし、そろそろ帰ります」
「なんでだ? もうちょっといろよ」
「いえ、家の片付けがまだでした」
「家の片付けなんて、明日で良いじゃねえか」
「今日はこれで」
あたしは適当に理由をでっちあげてギルドを後にした。女の夜のひとり歩きは危険である。だから暗くなる前に帰りたかった。そしてヒューイを連れてアパートへと帰宅したのだった。




