1-10 アパート探し
あれから三日が経った。冒険者ギルドでのあたしの仕事は順調に赤字を出している。このままじゃヤバいよ。と言うわけで、今日は安いアパート探しをすることにした。宿屋は元々三日間借りる契約であり、今日で退室となった。
アパート探しの前に、道具屋でヒューイにもつけられる茶色い鞍を買った。鞍は荷物を担げるように出来ており、あたしは大きいリュックをドラゴンに持たせることにした。
「がうあう」
「ヒューイ、似合ってるわよ」
「がるるん♪」
「うん、格好良くなった」
ヒューイは新品の鞍を買ってもらったおかげでご機嫌である。荷物持ちも張り合いが出るようだった。あたしが鞍にまたがっても良いんだけど、もう少しヒューイの体格が大きくなってからにしよう。いまヒューイは、大人の馬の半分ほどの大きさである。
町の地図を見ながら不動産屋さんの住所へと向かって歩いていた。ふと、花屋を通りかかった時のことである。
やけに光沢のあるタキシードを着た赤い髪の男が立っていた。右手には薔薇の花束を持っている。あたしはその男を見て眉をひそめた。知っている男だったからだ。早足で通り過ぎようとする。
「い、イリアおはよう!」と赤い髪の男。
あたしは無視した。なんで話しかけて来るのよ。そのまま背中を向けて歩いて行く。赤い髪の男、ディアスは追いかけてきた。
「おい、待ってくれ。イリア、俺はお前に話が」
「話なんて無いわ」
あたしは振り向きもせずに言い放つ。
「おおい、俺はあるんだ。ちょっと聞いてくれ」
後ろからディアスが着いてくる足音がした。
「いま忙しいの。また今度にしてくれる?」
「歩きながらで良いんだ。良かったら話をしてくれないか?」
「良くないわ」
「がうあーう」
ぼんっ。
ヒューイが首だけ振りを向いて、思いっきり屁をかました。ディアスは左手で鼻をつまんで顔をしかめた。
「や、やりやがったなこの野郎!」
「ぷぷっ、ヒューイは良い子ね」あたしはその頭に手を置いた。
「がうあうん♪」
あたしはまた地図に顔を落とす。この通りの左側にレプナ不動産があるはずなんだけど。
「お、おい待てお前ら! 人に屁をかましておいて逃げる気か?」
「逃げるも何も、逃げてないわ」
「じゃあ、どこ行くんだ?」
「着いてこないでください」
「がうるう」
「ちょっと待て、真剣なんだ!」
後ろから右肩を捕まれる。あたしは体をよじって振り返った。
「やめて!」
「お、おう。すまん、話を、話を聞いてくれ」
ディアスが弱ったような顔をしている。ちょっと可哀想だ。あたしは立ち止まる。
「何なの? 話って。また冒険者をイジメたの?」
「そんな訳ねーだろ」
「じゃあ何なの?」
「いや、あの、その、何というか、ええと」
ディアスはもじもじとする。そしてどうしてか顔を赤らめた。
「イリア、良かったら、一緒にお茶でもどうだ?」
……え!?
あたしはびっくりとした。顔がカーッと熱くなる。この男、あたしのことを好きになったの!? この前勝負して、あたしに負けたくせに。
「あ、あの、ディアス、さんだっけ?」
「ディアスでいいぜ!」彼が親指を立てる。
そこでヒューイは何を思ったのか、ディアスに突進して行った。
「ガルアゥ!」
「おい! 何をするんだこの竜は?」
ディアスはすんでのところで避ける。ヒューイはまた突進をする。あたしは近づいて「ヒューイ」と呼んだ。しゃがんで、その首をさすってあげる。ヒューイはどうしてか怒ったように興奮していた。落ち着け落ち着け。
「おい、どうしてその竜は怒っているんだ?」
「貴方のことが嫌いみたい」
「ガウルウ!」
「何か怒らせることを俺がしたか?」
「そんなの知らないわ」
あたしはひとしきりヒューイをなだめた後で立ち上がった、ディアスに顔を向ける。
「いま、あたしたちアパートを探しているの。だからお茶はできない」
「アパート探しか。……そうか、じゃあ俺も手伝うぜ!」
「いいよ、一人で探せるから。そんなことよりディアスさんは仕事に行ってください」
「無理だ。タキシードが汚れるから」
「じゃあ着替えればいいんじゃないですか?」
「他の服は全部、洗って干したばかりなんだ」
「じゃあ、服屋に行って買えばいいんじゃないですか?」
あたしはちょっと愉快になってきた。
……何だろうこれ。いまあたし、ナンパされているのかな?
「服を買うような金は無いんだ」
「じゃあ、なおさら仕事をした方がいいですよね」
「そうだな。だけど今日はタキシードなんだ」
「タキシードを売って、仕事着を買うしかないですね」
「このタキシードは、大切なものなんだ」
「大切なもの?」
そこであたしは吹き出すように笑った。しまった、笑ってしまった。
ディアスが近づいてくる。
「これ」
薔薇の花束を差し出してくる。
「何ですか? これは」
「お前にやる」
「あ、ありがとう」
あたしは薔薇の包みを受け取る。
「えっとじゃあ俺は、邪魔者みたいだし今日は帰るよ」
そう言って、ディアスは背中を向けた。あたしはちょっと顔が火照って熱い。彼の後頭部目がけて言った。小さな声で、
「手伝ってくれれば助かる」
「よおっしゃあああああああああ!」
ディアスは振り向き、右手のひらを握って掲げた。こんなに喜ぶなんて、変な人だな。
……おっかしい。
あたしは左手で口元を押さえて、お腹をひくひくさせて笑った。何か初めての気分である。少しだけ心臓の音が速い。
「それじゃあ、ディアスさんも着いてきて」
あたしは歩き出す。隣にヒューイが並んだ。その後ろからディアスが着いてくる。
「呼び捨てで良いって」
「ディアスさんで良いよ。だって、どう見ても年上だし」
「まあ、そりゃあそうだけど。ちなみにまだ二十代前半だからな!」
「ふーん、見た目通りの年齢ね」
それから少し歩いたところでレプナ不動産の建物があった。二人と一頭で入っていく。レプナ不動産の社長であるラルフさんは太っていて、しかししゃべり方は快活でありユーモアのある人だった。まだ四十代ほどに見えた。
ラルフさんが紹介してくれたアパートは、不動産屋さんのすぐ隣の集合住宅だった。ビーストも住むことができるようで、玄関の扉は大きく作られている。1kアパートであり部屋は広かった。家賃は一ヶ月金貨2枚である。宿屋の三分の二の値段だった。実際見学をさせてもらい、あたしはすぐに気に入った。ここにしよう!
最後、契約書を書面で取り交わす際、ラルフが言った。
「その男は保証人になってくれる人かい?」
ディアスのことだ。
「いいえ、違います。あの、保証人は必要ですか?」
「いるに超したことは無いな」
「保証人になりまーっす!」
ディアスが笑顔で言って、胸ポケットから印鑑を取り出した。あたしはさすがに慌てた。
「あの、ディアスさん! あたしたち、まだ出会ったばかりですよ!」
「ここで良いんすか?」
ポンッ。
ディアスが契約書の保証人の欄に捺印した。そして自分の名前と住所をサインしていく。この男、馬鹿なの?
「はい。それじゃあこれで契約は完了だ。家賃の支払いは月の始めに持ってきてくれ。それじゃあ、これは鍵だ」
「あ、ありがとうございます」
「おう! 二人とも、今夜はお楽しみだな! はっはっはー!」
……何か勘違いされてるし。
あたしとヒューイとディアスは建物を出た。出たところで、ディアスに頭を下げる。
「あの、ありがとうございます」
「いいって、いいって、それより、部屋の中がガラガラだ。ベッドとか、家具を買いに行った方が良いんじゃねーか?」
「うん。今から行く」
「よっしゃー! 俺も行くぜー」
「お茶にしましょ」
「お? おごりか?」
「……おごりでも良いですけど?」
「嘘嘘、俺がおごるって」
「そこまでしてもらうわけにはいきません」
それから借りたばかりの部屋にヒューイが背負っていたリュックと花束を置いた。鍵を閉めて出発する。ディアスは終始ご機嫌であり鼻が赤い。一体、あたしのどこに興味が湧いたんだろうか? 分からなかった。だけど親切な人である。保証人にもなってくれたし。
でも、どうしてこの間は荷物持ちの冒険者をイジメていたのだろうか? カフェでお茶をしている途中、それについて聞いた。彼は口をにごした。
「あ、あれは……」
「あれは?」
「悪い癖が出ちまって、はは」
ディアスは後ろ頭に右手を当てる。
「ああいうことはもうしない方が良いと思うわ」
「もう絶対しませーん!」
何だか可愛い笑顔である。そもそもイケメンなのよね、この男。
「それなら良いけど」
今日は家具を買うために散財した。アパートに運ぶのはディアスも手伝ってくれて、三人で店とアパートを何往復もすることになった。




