1-1 孵化授与式
新連載!
あたしにはね。
夢があるんだ。それは好きな殿方のお嫁さんに行くこと。今のところいないけどさ、好きな人なんて。だけどそんな小さな夢を抱いているぐらいに、あたしは平凡で、平坦な人生を送ってきていて、ありきたりな女の子です。剣の才能だけは、昔からあるみたいなんだけど。
あたしの両目はどうしてかオッドアイだ。右目が赤色、左目が青色。そのせいで、幼い頃から村人には珍しがられた。普通の人は両方が青かったり、茶色だったりする。
この村の名前はフェルメルって言うよ。ユークリッド王国でも有名なビーストテイマーたちの村。ビーストって言うのはね、人間にテイムされたモンスターのこと。お父さんもお母さんも村人も、自分のビーストを連れて仕事をしている。人間とビーストが仲睦まじく暮らしている。そういう村です。
だけどもちろん戦闘訓練もしている。国の有事の際には駆けつけて、戦争を戦わなければいけない。最近無いんだけどね、戦争なんて。あたしが生まれてこの方、一度も起こった試しがない。それぐらい、世界は平和みたいなの。
今は夕食時。
野菜サラダをフォークで口に運びつつ、お父さんが声をかけてくる。
「イリア、明日、ドラゴンは引くなよ」
「本当よ。イリア、ドラゴンだけは引いちゃダメだからね」
お母さんもコーンスープをスプーンですすりながら頷いた。
16歳になったあたしは明日、ついに村からモンスターを授かる。それは孵化授与式って言って、村に住んでいる人間は誰でもたまわることになる儀式だ。あたしはフォークで肉の切れ端を頬張りつつ、あごを引いた。
「うん、ドラゴンだけは嫌だな」
「絶対だぞ」とお父さん。
「本当よ、イリア」とお母さん。
二人とも、とても緊張しているみたいだ。
どうしてドラゴンを引いてはいけないのかと言うとね。孵化授与式でドラゴンが生まれた年は、この村に災厄が訪れるって言われているからなの。それは山火事であったりハリケーンであったり、森のモンスターたちが押し寄せて襲ってくる、などなど。大昔は色んな被害が出たみたい。それから村の人たちは、ドラゴンを孵化させた人間は、村から追い出すことにしている。そうすることで、災厄を避けることができるんだって。
「ごちそうさま」
あたしは食器を流し台に下げて洗うと、二階の自分の部屋に行った。今日は早めに眠ることにしたんだ。明日のことが気にかかっている。はっきり言ってド緊張。ドラゴンが生まれたらやばいって言うのもあるんだけどね。他にも、仕事や戦闘で役に立たないスライムや大ネズミなんかが生まれたら最悪だ。村で笑いものにされて、嫁のもらい手がいなくなっちゃうかもしれない。
だけどきっと大丈夫。今回、あたしに卵を授けてくれるのはお父さんの友人のカミーラ夫妻のモンスターのつがいなの。カミーラさんたちには、私も幼い頃から可愛がってもらっている。だから絶対、ウルフみたいな強くて可愛くてモフモフなモンスターが生まれてくる。後はもう、信じるしかない。
私はベッドに入り目を閉じた。中々寝付けなかった。
翌日。
村の大聖堂には村人のほとんどが集まっており、私はその真ん中にいた。目の前には木の枝で作った巣の上に大きな卵がある。卵には緑色の縞のような模様が入っている。卵はぴきぴきとひび割れてきており、中にいる生命体が外に出ようともがいているのが分かった。
卵の横に立っている村長さんが大声を張った。
「それではこれより、イリア・ミステイルさんの、テイムモンスター孵化授与式を始めたいと思います」
「「おおー!」」
村人たち期待の声を上げた。
私はその場に膝をついて両手を組み合わせる。どうか、どうかドラゴンだけは生まれないでください。そして、素敵なモンスターが生まれますように。
誰かが言った。
「手が見えたぞ!」
中のモンスターが卵の殻を突き破って手を出していた。それを見て私は安堵した。モンスターの手に毛が生えているのが見えたからだ。ドラゴンと言えば皮膚には毛が無くてゴツゴツとしているはずである。図鑑で見たことがあるんだ。ドラゴンじゃなくって本当に良かった。
村長さんがまた大声を張った。
「モンスターご誕生なり! モンスターご誕生なり!」
みんなの息を飲む音が聞こえた。やがて卵の殻をバキバキと破り、モフモフと毛の生えたウルフのような緑色のモンスターが現れた。なんだろう。モンスターの名前は分からなかった。図鑑で見たことが無い。だけど立派なウルフのような姿である。
村長さんが怖々とした顔で言った。
「みなさん、ご静粛に! ご静粛に! イリアさんの孵化させたモンスターは、マジカルドラゴンです! この村に災厄を呼ぶとされている、ドラゴンです!」
あたしは顔面が真っ青になった。え? これって、ドラゴンなの? だって、毛はふさふさしているし、見た目はウルフっぽいし、だけど緑色だ……。
……それによく見たら、背中には生まれたての小さな翼が生えている。
「イリアさんは、村を追放となります! みなさん、ご静粛に、ご静粛に!」
ご静粛に。
その言葉だけが私の脳裏に何度も反響をしていた。呆然としている私に、村長さんはドラゴンにテイムの魔法をかけるように命じる。テイマーの血が流れている私は、二行という短い呪文を唱えるだけで、魔法を発動させることができた。
「生きとし生けるもの。我が手に従順を示せ。テイム」
マジカルドラゴンがぷいっとそっぽを向いた。しかし魔法はしっかりと効果を発揮したようで、ドラゴンの体に渦のような黄色い光が生まれた。こうして私はマジカルドラゴンをテイムしたのだった。
振り返ると、みんながあたしに同情の視線をくれていた。みんな無言だった。次々と大聖堂を出て行く。最後に室内に残っていたお父さんとお母さんは、私に言った。
「ドラゴンを引くなんて。この、馬鹿娘が!」
パンッ。
お父さんがあたしをほっぺを思いっきりビンタした。
「お父さん、お父さんやめてください。イリア、これも運命だに。しっかりと受け止めなさいね」
お母さんが私の両肩に手を置いた。目に涙がこぼれている。
私はうわんうわんと泣き出してしまった。