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第8話 自制しろと言い聞かせて [side:エドガー]

 誕生花の話など、するはずではなかった。

 エリュミーヌと共に城へ戻り、侍女と自室へ戻る彼女の背中を見送った後でエドガーは大いに反省した。


 そもそも浮かれ過ぎているとは自覚している。馬との触れ合いはともかく、馬に乗って共に城の外まで行くなどと、職権(しょっけん)濫用(らんよう)にも程がある行動だった。

 エリュミーヌへの想いには名前を付けず、心の奥底にしまったままにしておこうと考えたエドガーはどこへ行ったのか。エリュミーヌが目の前にいて、自分の名を呼び、笑いかけてくれる。そんな状況に置かれて冷静でいられる訳もなかった。


 決意は(もろ)くも崩れ去り、その時その時の思うままに行動してしまう。言う予定のない言葉を反射的に掛けてしまうし、今までむしろ避けてきた女性のエスコートでさえ、身体が勝手に動いていた。

 自分の言動のひとつひとつにエリュミーヌが反応してくれるのが嬉しくて、舞い上がって。愛馬の上で腕の中に収まるエリュミーヌを、そのまま抱きしめて拐ってしまいたかった。


(馬鹿か、俺は……)


 今まで、色恋に(うつつ)を抜かす部下を何人も見てきた。そのせいで職務に支障が出る度、『自分を律することができずに何が騎士か』と雷を落としてきたのだ。それが、今や自分が()()なっている。


(しかし……)


 もう、想いを自覚せずにいることはできなかった。捨て去ることもできないのは明白で。だからせめて、秘めておこう。騎士としてこの国の宝を護る。それでいい。

 近衛兵の距離では近すぎる。今の関係性のまま、見守るくらいは許してほしい。


(……誰に許しを請うているのだか……)


 それから、エドガーは日々エリュミーヌを気にかけるようになった。

 直接エリュミーヌと会話をすることはなかったが、空き時間ができればエリュミーヌの姿が確認できる距離に立ち、何かあればすぐに飛び出せるようにした。

 馬への恐怖心はもうほとんど消えたようで、すれ違う馬にも微笑んで挨拶するエリュミーヌを見て安心する。

 遠くから見守っていることはティナにはバレており、どうしてエリュミーヌの前に直接来ないのかと聞かれたこともあった。


「姫に請われれば何でもするが、私から勝手な行動をするわけにはいかない」

「は〜……あの日、エリュミーヌ様を抱えて駆け込んできた時の情熱はどこへ行ったんですか?」

「あ、れは……非常事態だったのだ。命の危機となれば致し方あるまい」

「エドガー様って意外とヘタレなんですね」

「はっ……?!」

「自分から積極的に動かない方のお手伝いはしませんので! では、失礼します」


 スカートをひるがえしてエリュミーヌの元へと戻る侍女の背中を見送るエドガーは、誰も見たことのないような顔をしていた。ティナに投げ付けられた言葉を反芻(はんすう)し、反省する。


(しかし……積極的に、など……)


 動けるわけもない。自分よりももっと立派な、エリュミーヌを幸せにしてくれる相手がいるはずで。いつか出会う素晴らしい相手を押し退けて、成り上がりの騎士が出張るなど。


 何度となく考えたことだった。戦場で立てたいくつもの武勲。騎士団長に任ずるために必要な最低限の爵位だけを賜り、ほとんどの褒章を辞退していた。あの時の褒賞を、自分の立場を押し上げ、後ろ盾を得て、エリュミーヌを求めることが不可能ではないと。


(不可能ではない、が、それだけだ。俺の一存で、彼女のこれからを縛っていいはずがない……彼女はまだ若く、世界を知らない……せめて城の外に広がる世界を知るまでは)


 十以上も離れたエリュミーヌを、大切に思うが故の考えだった。あの日、交わった視線の奥に秘められた好意に気付いた時から、ずっと。

 物分かりのいい大人の仮面をかぶって、日に日に大きくなる想いに蓋を、していた。

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