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激戦を終えて

 メイルストロムとの戦いを終えて、何故か体中の傷が癒えていたアーデンだったが、極度の疲労で深い眠りについていた。


 体調に問題はないと治癒師から伝えられているので、レイアとアンジュ、それにカイトも過度に心配はしていなかった。


 それでもアンジュは気が落ち着かず何度も眠るアーデンの顔を見に行ったり、カイトは船でふらっと沖合に出て波に揺られていた。


 しかしレイアは一人だけ落ち着きを払っていた。アーデンの様子をたまに見に行きはするが、その回数は少なく、どちらかと言うと部屋に籠もって工具を手にしている時間の方が長かった。


 アーデンの様子を見ていたアンジュは、扉が開く音に振り返る。


「よっアンジー、様子はどうだ?」

「カイトさん。まだ眠っています」

「そっか、中々目覚めんなアー坊」


 眠りについてから三日が経った。それだけ消耗する激しい戦いであった。


「そうだ、船の方は大丈夫ですか?」

「幸いそこまで損傷もなかった。修理費も国で持ってくれたし、寧ろ豪勢に使ってピカピカに直してやったよ」

「ちゃっかりしてますね、あまり勝手すると何を言われるか分かりませんよ?」

「はっはっは!アンジーは心配性だな!」


 豪快に笑うカイトを呆れたようにじとっと見つめるアンジュ、それ以上の追求を避けたかったカイトは、大げさな仕草をしながら声を張った。


「あーっと、お嬢はどうした?なんだか見ない気がするけど」

「レイアさんは最近ずっと部屋にいます。少しはアーデンさんのお見舞いに来てもいいのに…」


 不満そうに唇を尖らせるアンジュにカイトは言った。


「まあそう言うな、お嬢はお嬢で何か考えがあるんだろ。アー坊とは長い付き合いなんだろ?」

「ええ、子どもの頃からずっと一緒の腐れ縁だって聞きました」

「何じゃそりゃ。どっちが言ったの?」

「お二人共同じ事を同じ様に言っていました」


 カイトは少し呆れて小さなため息をついた。性格は二人共正反対と言っていい程違うのに、まるで兄弟姉妹のように似る所もあるのだなとカイトは心の中で思った。


 そしてそんな関係性を羨ましいとも思っていた。それを誰にも口に出す事はない、だけど確かに羨ましく思っていた。


 アンジュとカイトがそんな会話を交わしていると、ベッドで横になっているアーデンが「ううん」と唸った。咄嗟に二人は駆け寄り様子を見るも、目を覚ます様子はなかった。


「ちょっとうるさくし過ぎたかな?」

「ですかね。私はそろそろお暇させていただきます。カイトさんは?」

「俺ぁお嬢の方に顔を出してくる。用事があってな」


 そう言うとアンジュとカイトはアーデンの部屋の前で別れた。カイトは去り際に、もう一度アーデンの方を振り向いてから歩き出した。




 コンコンと子気味のよいノック音の後、扉の奥から苛立った声が返ってきた。


「今居ない」

「嘘つけよお嬢、居ない奴が返事なんかするもんかよ」

「居ても居ないようなもんだから一緒でしょ。私は今忙しいの」


 取り付く島もない様子ではあったが、カイトは引き下がる事なく話しかけた。


「本当だったらお嬢も忙しいんだなって済ませてやりたいんだがな。悪いが今回はそうはいかないんだ」


 カイトがそう声をかけた後、部屋の外にも聞こえてくる大きなため息の音と、ガチャガチャと物がぶつかり合う音が響いてから、扉がゆっくりと開かれた。


「…入れば?」

「じゃあお邪魔させてもらうよ」


 中に入ってカイトは愕然とした。物が散乱していて足の置き場所がない、高価で広い高級な宿の一室も、レイアの手にかかると物置のような様相になる。


 そんな状況の部屋でも、レイアは迷いなく足を運びスッスッと素早く動く。慎重に足場を探して歩くカイトとは対照的に、すでに座って工具を手にしていた。


「何を言いに来たのかは分かってる。宝玉の事でしょ?」


 カイトに背を向けたままレイアは話し始めた。結局カイトは余計な事をして床の物を壊してしまわないように、諦めて扉の前に立った。


「そうだ。お嬢が気になる事があるから調べたいってんで俺も色々言って誤魔化してきたけど、流石にそろそろ王城側から怪しまれてる」

「催促してきた?」

「ああそうだ。俺の立場としてもそろそろ引き渡さない訳にはいかない。お嬢、どうにかならないかな?」


 レイアはもう一度大きなため息をついた。しかしそれは、要求が鬱陶しいとか、従いたくないという反抗心からくるものではなく。どこか諦念と悲しみを感じさせるものだった。


「そうね、気になる事は調べ終わったし渡してもいいわ。でもせめてアーデンの目が覚めてからにしてくれない?この宝玉を手に入れた一番の功労者はアーデンよ、一目見たい筈だわ」

「そりゃ俺もそうしてやりたいけどな。アー坊のやついつ目が覚めるか分からんじゃないか」

「それは大丈夫。そろそろ目を覚ますと思う」

「どうしてそれが分かるんだ?」

「経験とか勘とか色々理由はあるけど、別に根拠はないわ。ただ何となく分かるだけ。付き合い長いし」


 そんなまさか、カイトがそう言いかけた時背後の扉をドンドンと叩く音がした。そして返事を待たずしてそれが開かれた。


「レ、レ、レ、レイアさんっ!!アーデンさんが目を覚ましましたっ!!」

「嘘だろ…」


 小声でそう呟いたカイトの胸をレイアはとんと拳で叩いた。そして去り際にひらひらと指を振った。それは「ほら言ったでしょ?」と言うような仕草であった。




 俺が目を覚ますと、心配したと言って俺の頭を軽く叩くレイアに、わんわんと涙を流して抱きついてくるアンジュ、そして安心したような表情を浮かべているカイトの姿が目に入った。


 そして戦いの後何があったのかを皆が話してくれた。


 俺はメイルストロムを討伐した後の事を殆ど覚えていない。なんとか宝玉を手にしたものの、それから先海の上へと上がる力は残されていなかった。


 メイルストロムが最期の力で俺を押し上げてくれた事は覚えているが、記憶としてはそこまでだった。


 しかしその後、周囲を捜索していた皆が海の上で浮かんでいる俺の姿を見つけてくれたらしい。救出されて引き上げられた俺は眠っていたそうだ。


「そういや俺、体中傷だらけだった筈なんだけど。もしかしてまた治癒師を手配してもらった?」

「それなんだけど…」


 レイアは俺の体がまったくの無傷だった事を教えてくれた。


「そんなまさか…だってあんなにボロボロだったのに。腕だって…」


 俺は折れた腕を見た。しかしまるでそんな事なかったかのように腕は綺麗にくっついていて傷一つなかった。


 それに三日も眠っていたとは思えない程体は軽かった。本調子と言っていいくらい何も問題がない。気味が悪いくらいだった。


「アー坊を救出した俺達は、その後他の船団に加わってメイルストロムの捜索にもあたったんだ。だけど姿は確認出来なかった」

「アーデンさんが宝玉を手にしていた事もあり、どれだけ捜索しても見つからないのでメイルストロムは討伐されたと判断されたんです。でもまさか、消滅しているとは思いませんでした…」


 俯くアンジュの頭を、俺は折れていた筈の腕を伸ばして優しく撫でた。


「きっとあいつは限界だったんだ。体は崩壊してしまったけど、最後の最後、苦しみからは開放されたんじゃないかな」


 それは何の根拠もないただの思い込み、俺がそうあってほしいと思っているだけのものだった。


 散々暴れまわって多くの人の命を奪った魔物だ、許せはしない。だけど望まぬ力に苦しむ事からは開放してやれたんじゃないかと思う。あの時俺の体を押し上げてくれたのはそういうことだったんじゃないかと思いたい。


「アーデン、これを」


 レイアが手渡してくれたのは真っ赤な宝玉だった。メイルストロムから刺し貫いた宝玉、これで三つの宝玉を手に入れた事になる。


 俺は宝玉をギュッと握りしめて胸の前に置いた。


「ありがとうレイア」

「ううん。見たいかなって」

「うん。もう一度見ておきたかった」

「だと思った」


 そう言って微笑むレイアに、俺は微笑み返して宝玉を戻した。これで一連の騒動は終わり、いよいよニンフに会うだけだ。そう思っていた。

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