水底の青 その1
デ・クラ遺跡へたどり着いた俺達三人は、ン・ヲカ遺跡とはまったく違う景観に驚いていた。
兎に角全体的に青い、壁も灯りもすべて青みがかっていて幻想的な雰囲気を漂わせている。明るくはあって見通しは悪くないが、この青々とした風景を見ていると少し感覚が狂う。
「何か青いな」
「アー坊、面白いもの見せてやるよ」
カイトはそう言うとランタンに火を灯した。俺も他の二人も驚いて目を見張る。
「火が青い?」
「このデ・クラ遺跡の中だと見える物が全部青みがかって見えるんだ」
試しにファンタジアロッドを手にとって起動してみる。属性変化をさせていない普段も青白色だが、より青色が強く見える。炎の属性を刀身に流してみるも、色は殆ど変化せずやっぱり青みがかっている。
「へえぇ不思議だな」
「これがこの遺跡の特色という事ですね」
「うーん、何で青くする必要があるのかじっくり調べてみたいわね」
「おいおいお嬢、目的を忘れないでくれよ?」
「分かってるわよ!ちょっと言ってみただけ。ほら行きましょ」
俺達は準備を整えると青色に包まれたデ・クラ遺跡内部へ歩き出した。
デ・クラ遺跡も海底遺跡の中では比較的調べ尽くされている遺跡だった。しかしカイトは言った。
「俺が思うにここは見落としが多いかもしれん」
「何で?」
「サルベージャー兼業冒険者より、専業サルベージャーがよく訪れてる遺跡だからだ。俺達は持てる物だけ持って引き上げる事が殆どだからな」
冒険者登録をしてる者であれば、遺跡を探索して生息する魔物をギルドに報告したり、内部をマッピングして地図を買い取ってもらったりと、遺跡内部でお金になる行動が沢山ある。
しかしサルベージャーだけを生業にしている者は、生息する魔物との戦闘は避けるか必要最低限にし、地図を書かずとも帰り道さえ分かればいい。お金になる小物のアーティファクトを持てるだけ持って生還する事が目的のサルベージャーは、遺跡にあまり深入りしない。
「俺は殴り合いでなんとかなるけど、まったく戦闘出来ないって奴もいるぜ。面白い事にそういう奴程要領よくって稼いでたりするんだよな」
「ふーん、どうしてかな?」
「さっぱり分からん。まあてめえの飯の種をそう簡単に他人には明かさないしな。親しくなっても聞かないのがサルベージャーの不文律だしな」
身一つで深海の遺跡に挑むサルベージャーにとって、自分の経験に基づく行動方針等は財産に等しくて、どれだけ親しい間柄であっても教えたりはしない。
「つまりサルベージャーばかりが訪れてる遺跡は、目当ての物以外には目もくれないから探索が甘いと」
「お嬢の言う通りだ。よくばりすぎてくたばっちまえば、サルベージャーは海の底で一人屍になって消えてなくなるだけだからな」
「じゃあ私達は念入りに調べていかないとですね!」
アンジュはぐっと拳に力を込めてガッツポーズを取った。他三人はその言葉に頷いて、僅かな異変も見逃すまいと目を凝らした。
遺跡の一室を開けたカイト、中に入ると魔物の気配を感じ取り全員にそれを知らせた。それぞれが武器を構えると、天井に張り付いていた魔物オオコウモリが三匹、バサバサと大きな翼をはためかせ襲いかかってきた。
オオコウモリは空中から、足の鋭い爪を使って攻撃を仕掛けてくる。付かず離れずの距離を取って一撃離脱を徹底し、ダメージが蓄積して弱った所で牙を用いてとどめを刺そうとしてくる。
アーデンは飛んでいるオオコウモリにロッドを伸ばした。体の大きさの割に俊敏なオオコウモリは咄嗟に回避行動を取る、ロッドが届かない場所まで下がった。
「レイアッ!」
「任せて!」
レイアがブルーホークで弾丸を連射する、狙いはつけない速度だけを重視した攻撃、殆どは外れたが大きく広がる翼の膜に命中し穴を開けた。
傷は浅くこの程度で飛行に問題はない、しかし動きは鈍り速度は落ちる。アーデンはもう一度ロッドを伸ばして今度はそれを首に巻き付けた。
巻き付けたままロッドを更に伸ばし二重三重にぐるぐる巻きつけると炎の属性を刀身に込めて一気に締め上げる、締め上げると同時に焼き切る、地に落ちて転げ回るオオコウモリの首はゴトリと落とされた。
もう一匹を引きつけていたカイトは、飛びかかってきて爪を突き立てるオオコウモリの足を掴んだ。大きく重たいオオコウモリの体を力づくで振り回すと、そのまま地面へと叩きつけた。
ぐっちゃりと潰れて血のシミが地面に広がった。あっという間に二匹を仕留められて残された最後のオオコウモリは、もう勝つことは絶対に出来ないと悟り逃げに転じた。
『ブースト・炎弾!』
しかしその隙だらけの背後を見逃す筈もなく、オオコウモリの背にアンジュの魔法が直撃した。撃ち落とされたオオコウモリの体には炎が回って焼けて灰となり消えた。
魔物との戦闘を何度か繰り返し、デ・クラ遺跡の探索を続けていく。所々で休憩を挟みつつ、とうとう最奥の部屋へ辿り着いた。
ここまでの探索で宝玉がありそうな場所はなかった。ン・ヲカ遺跡と同じような仕掛けがないのであれば、この最奥の部屋が最後の候補となる。
遺跡の部屋の中へと踏み入ると、全員がその音を聞くと同時に疑問符が頭の上に浮かんだ。
「水音?」
「やっぱりアー坊にも聞こえたか?二人はどうだ?」
「聞こえてるわ。水が流れてる音が聞こえる」
魔物の気配がない事を確認すると、全員で部屋の中を探索する。アンジュが真っ先に声を上げて、皆を呼び寄せた。
「見てください。水がここに流れ込んでいます」
床に空いた人一人がなんとか入れる程の穴に水が流れ落ちていた。バチャバチャと音が響いている。
今度はレイアが声を上げた。
「ここから水が出てるみたいね、水量がすごく少ないけど」
レイアが見つけたのは小さな竜を象った石像だった。石像の口から水が流れ出ていて、その水が穴に向かって流れていた。
「これが滝?」
アーデンが怪訝な顔でそう言った。理由はアンジュが見つけてきたニンフの歌の内容にある。
「落ちる滝壺水底の青、ですね」
「でも滝には見えないわよね…」
レイアとアンジュも顔を見合わせて首を傾げた。どう見ても滝には見えない、精々雨樋から落ちる水という程度だ。
「だけどここに来るまで滝らしいものはここにしかなかった。取り敢えず俺が下りて見るよ」
「しかしアー坊、どうやって下りる?そこそこ高さがありそうだぞ」
「そこはほら、カイトの出番」
「うん?俺か?」
アーデンはカイトにロッドの先端を握ってもらってゆっくりと穴から下り始めた。引っ掛ける場所がないのでカイトが握って踏ん張るしかない。
「カイト!大丈夫そうか?」
「おお!行って来いアー坊!」
ロッドをするすると伸ばしていきアーデンは下まで辿り着いた。流れ落ちる水の先にあったのは、小さな水たまりのような浅い窪みだけだった。これではとても滝壺とは呼べないとアーデンは思った。
穴から戻ったアーデンは見たものを皆に説明した。確かに水の落ちた先に窪みはあったが、滝壺というにはあまりにも小さすぎると言った。
「宝玉らしいものも見当たらなかったし、ここじゃなかったのかな?」
「でも水があった部屋はここだけですよ」
「なにかまた仕掛けがあるのかしら?手順を踏まないと宝玉が現れないとか」
「石像を壊して水量を増やしてみるか?」
「馬鹿、ここ海底よ。下手なことして取り返しのつかなくなったらどうするの?」
「そうですよ、それに水量を増やすだけなら魔法とかで代用出来ます。ただそれが滝だとみなされるのか分かりませんが」
アーデン、レイア、アンジュがそれぞれに意見を出し合い話し合う中、カイトだけは穴を見下ろし水の行く末をじっと見つめていた。
「ちょっとカイト、あんたは何か意見ないわけ?」
「ん?んん、あるっちゃある」
「本当?じゃあ言うだけ言ってみなさいよ」
「ここから滝壺目掛けて落ちるんだよ」
「ハア!?」
レイアは呆れたように声を上げた。
「カイト、それは賛成出来ない。ここから落ちたら無事じゃ済まないよ。下には水たまりしかないんだぞ」
「だけどアンジーの見つけた歌には落ちるって単語があった。仕掛けがあるとしたらそれしかないんじゃないか?」
「それはそうかもしれないけど…」
「なあに、俺ぁ人より一等頑丈だからな。こっから飛び降りたくらいで死にゃしないさ。ここで手をこまねいているよりも、試してみるべきだと思うけどな」
それでも危険すぎるとアーデン達が決断に迷っていると、カイトはすたすたと穴へと向かって歩き出してしまった。
「ま、やるだけやってみようぜ。俺の事はお前らに信じて任せた」
「あっ!ちょっ、ちょっと!!」
アーデンが止めるまもなくカイトは穴へと飛び込んでしまった。最悪の未来を想像してアーデンはバッと目を塞いだ。




