成果と一休み
「ハッ!?」
アンジュが目を覚ますと、目の前には見知っているけど見慣れない天井が見えた。ふかふかふわふわのベッドの上で目を覚まし体を起こすと、ベッドの両脇と椅子の上で眠りこける仲間を見つけた。
両脇で寝ていたのはアーデンとレイア、椅子の上で大口を開けいびきをかいていたのはカイトだった。どんな状況なのか把握出来ずに狼狽えていると、いち早くアンジュが起きた事に気がついたアーデンが目をこすりながら顔を上げた。
「あー、うーん。あ、あんじゅ?ああっ!アンジュ!起きたのか!?」
「は、はい。アーデンさん、おはようございます…」
アーデンの大声に次々と仲間達が目を覚ました。そしてアンジュの元へどっと駆け寄り、無事を確認するとほっと胸をなでおろした。
俺は目を覚ましたアンジュを見て本当によかったと胸に手を当てた。丸二日眠っていたから本当に心配していたのだ。
「私そんなに寝ていたんですか!?」
「そうよ。本当に心配したんだから」
「俺もアー坊もお嬢も、代わる代わるアンジーの様子を見に来てたんだぞ」
「オリガ女王が国一番の治癒師を手配してくれたんだ。体に問題はないけどマナ不足での極度の疲労状態だってさ、シーサーペントを仕留めたあの魔法のせいだろうな」
俺達から色々と事情を聞いた後、アンジュがハッと気がついたように声を上げた。
「そう言えば宝玉はどうなりましたか!?」
「気になる?」
「当たり前じゃないですか!」
「ふっふっふ」
三人で不敵に笑うと、同時に丸めて包んだ手を上へと持ち上げた。それを見たアンジュは目を丸くして言った。
「えっ?えっ!?も、もしかして、同時に三個出たんですか!?」
三人で一斉に手をぱかっと開くと、カイトの手の中にだけ白色の宝玉があった。からかわれたと気がついたアンジュは、枕を手に取るとカイトの顔面目掛けて投げつけた。両手が塞がっていたカイトは、顔面にそのまま枕を食らった。
目を覚ましたアンジュの為に、レイアとカイトが食事を頼みに行った。俺はその間に、アンジュに事の経緯を説明した。
アンジュが倒れた後、シーサーペントの体は水と泡になって消えた。そしてその場に残されていたのが白い宝玉だった。
「渦巻く白波ってのは遺跡の形状の事と、シーサーペントの事を表してたみたいだな。あいつ体が真っ白だったし」
「成る程、渦巻きはとぐろでもあったと」
「多分だけどな。でも話の筋は通ると思わない?」
「ですね、納得しました」
頷いたアンジュに、俺は疑問に思っている事を投げかけた。
「だけどちょっと変だなって思っててさ、どうしてあんな強力な魔物が宝玉を持っていたんだろうな?ニンフの加護の話って、人を助けてくれるってものだったんだろ?あれじゃ逆に食われちまうよ」
「ああ、それなら簡単に説明出来ますよ」
「本当か?じゃあ何で?」
「ニンフの加護についての伝承が残されていても、シーアライドの人々の中で実際にニンフを目覚めさせた人が恐らくいないからです。王城に残された文献も古い物でしたし、もし国民にとって加護が身近なものであれば、宝玉は遺跡ではなく王城に保管されている方が自然じゃないですか?」
「そうか、伝承と実情が乖離してるのか」
思えばシャン炎山の麓の里も、本来はサラマンドラを信仰していたのかもしれない。それが時代と世代を重ねるにつれて伝承が変化し、いつしかサラマンドラを知る人がいなくなった歴史が語り継がれるようになったのかも知れない。
そもそも長い歴史をそっくりそのまま伝えておく事はとても難しいのだろう。色々と伝説と言われたものを見てきた旅だが、中身と現実が即してないのは結構あったと思った。
そんな話をアンジュとしていると、レイアとカイトが食事を運んできた。食事を取った後アンジュは眠そうに目をとろんとさせたので、ゆっくりと休むように伝えて部屋を出た。
扉をそっと静かに閉めた後、カイトが口を開いた。
「アンジー大丈夫そうでよかったな」
「うん。一先ず安心だな」
俺が頷いてそう答えるとカイトはニカッと笑った。何の根拠もないけれど、カイトの気持ちいい笑顔を見ているとより安心出来る気がする。
「それでこの宝玉はどうする?依頼を受けた身としては、一度王城へ持って行って報告したい所だけど」
「え?それでいいんじゃない?」
「…いいのか?もしかしたらそのまま城に取られちまうかもしれないぞ?アー坊達はニンフを探してここに来たんだろ?」
カイトにそう言われてからあっと思った。その可能性をすっかり失念していた。宝玉を手に入れた時、恐らく手記に何らかの記述が増えているとは思うが、まだ条件もハッキリしていないし手元に置いておいた方がいいのかもしれない。
俺がそう悩んでいるとレイアがぽんと肩に手を置いた。
「別にもう二度と触れないって訳じゃないでしょ?探索に必要な事なら申請すればいいんだし、そんなに深く考える事ないんじゃない?」
「そうか…、ふっ確かにお嬢の言う通りだな。じゃ、俺が一旦預かるけどいいな?」
「とっとと行って来なさいよ。一人で行ける?ハンカチ持った?」
「何か馬鹿にしてるなお嬢?一人で行けるもん!」
走り去っていくカイトにレイアはひらひらと手を振った。その後ぺしっと頭を叩かれた。
「ぐるぐる難しく考えるんじゃないの。あんたらしくしてなさいな」
「でもさ」
「いいから!難しくごちゃごちゃ考えるのは私かアンジュに任せておきなさい。あんたはもっと自由でいいってば。アーデンは私達のリーダーだけど、何でもあんたが決める訳じゃないでしょ?」
レイアはそう言うとフンッとそっぽを向いてしまった。言われた事を反芻し、こくりと頷くとレイアに言った。
「ありがとなレイア、いつも助かってるよ」
「…別にいいわよ。もう私部屋戻るからね」
「ああ、ゆっくり休んでくれ」
立ち去るレイアを見送って俺は自分にため息をついた。俺は仲間に恵まれている。それを分かっていれば十分だ。
俺は宿を出てシーアライドの港に来ていた。キョロキョロと辺りを探して、目的の人を見つけると駆け寄った。
「パットさん!」
「ん?おおアーデン君か」
パットさんは倒れたアンジュを乗せてシーアライドに戻った時、慌てている俺達の様子を見かねて色々と手配をしてくれた。アンジュを安全に運ぶ人員を用意してくれたり、王城へ人を使わせて治癒師を手配してくれたりとても助かった。
それについてのお礼と、アンジュが目を覚まし回復した事を伝えた。自分たちだけではあれだけスムーズに出来なかっただろうから、本当に感謝しかない。
「そうかそうか、うん、あの子が無事でよかった」
「本当にありがとうございましたパットさん」
「いやいや、出来る事をしたまでさ。本当に無事で何よりだよ」
長居をして仕事を邪魔してはいけないと思い、まだまだ感謝を伝え足りない所だが失礼させてもらおうとした。そんな時、何隻かの船が港へと近づいてくるのが見えた。
「くそっ、また駄目だったのか…」
パットさんが苦々しい表情でそう呟いた。聞いていいものかとは思ったが、気になったので聞く。
「パットさん、あれは?」
「あれはクラーケンの討伐に向かった海軍と冒険者の船だ、白旗を上げているのが見えるかい?あれは討伐失敗の印だ。あの特殊個体どうやら相当厄介らしい、一向に倒せる気配がない。これじゃあ海路は大幅に制限されたままだ、本当に頭が痛いよ」
「まだ手こずってるんですか?」
「情けない事にね。悪いアーデン君、ここで失礼させてもらうよ」
「いえこちらこそお邪魔しました」
頭を抱えながらパットさんは行ってしまった。大変そうだなとがっくりうなだれる背中を見送ると、俺はその場を離れて宿屋へと戻るのだった。




