ン・ヲカ遺跡 その3
「ドラッシャァアアッ!!」
半魚人の魔物マーマンの五体の群れに遭遇したアーデン達、魔物の気配を察知していたアーデンは、鉢合わせするタイミングでカイトを突っ込ませた。
群れのど真ん中に飛び込むカイトは、勢いそのままに飛び膝蹴りを一体のマーマンに食らわせた。顔面に膝を抉り込まれたマーマンは、そのまま体を引き倒されてカイトの自重により頭を押しつぶされた。
仲間の一体があっという間に地面のシミに変わった状況に、マーマンの群れは大いに混乱していた。手に持った武器を振りかぶり、カイトを囲んで攻撃を加えようとする。
マーマンは海底から取れる素材や他の魔物を討伐した素材を使って武器を製作し、それで武装をする習性を持っていた。堅い珊瑚を加工したり、尖った貝を穂先に使ってみたり、魔物の角を削って剣にしたりと、ユニークな武器を用いて集団で戦う。
その武器には海から採集出来る毒が塗られている、マーマンの作る武器の品質は決して高いものではなく、戦闘の度に壊れてしまう事が殆どだった。しかしそれを逆に利用して、毒が塗られた武器が壊れて相手の体内に留まるという凶悪な戦術を用いていた。
強靭な肉体を持つカイトと言えど、毒によってどんな症状が引き起こされるかは分からない。だから囲まれて叩かれるのは致命傷になりえた。
しかしカイト一人にマーマンは気を取られ過ぎた。その状況を手をこまねいて見ているアーデン達ではない。
一匹のマーマンが振りかぶった槍が空中で静止した。マーマンは何が起きたのかと手に持った槍を見ると、ファンタジアロッドが巻き付いてガッチリと掴んでいた。
アーデンは槍を掴んだまま、ロッドの属性を電撃に変えた。槍を通して伝わる高威力の電撃がマーマンの全身を焼き焦がした。煙を吐いて絶命したマーマンはばたりとその場に倒れた。
もう一匹のマーマンは、レイアがブルーホークで放った弾丸によって足を撃ち抜かれていた。ダメージはそれほどでもなかったが、姿勢を崩すには十分だった。
姿勢を崩し、足にダメージを負ったマーマンにレッドイーグルの一発が襲いかかる。その場から退く事も避ける事も出来ずにマーマンの上半身はジュッと音を立てて消滅した。
『岩槍』
足元の地面から勢いよく隆起した岩がマーマンの体を打ち上げた。アンジュは続けて詠唱をし、杖を向け魔法を放つ。狙いは空中に打ち上げたマーマンの口の中だった。
『ブースト・炎弾!』
ブーストによって威力を増した炎弾がマーマンの口の中へと撃ち込まれた。体内を焼き尽くす灼熱の炎弾は、その後炸裂して中からマーマンの体を破裂させた。
残された最後の一匹、そのマーマンは敵わないと判断し即撤退を選んだ。アーデン達に背を向けて必死に走り出す。ただし逃げおおせる事は叶わない。
走るマーマンの足元に、アーデンはロッドを伸ばして引っ掛けた。盛大に転んだマーマンの眼前には、既に突っ走って追いついていたカイトの拳が迫っていた。振り下ろされた拳が、そのマーマンの最後に見た光景となった。
何度か遭遇した魔物との戦闘を重ね、アーデン一行とカイトの連携も様になってきていた。作戦を考えるアーデンの能力も勿論だが、それに難なく合わせるカイトの実力も高い。
「いやあ一人で戦うより全然戦いやすいな!アー坊、中々やるじゃあないか!」
「ううん。前衛が一人増えただけで全然動きやすさが違う、カイトのお陰だ」
「謙遜すんなって!俺ぁ一人だったらただ突っ込んでぶん殴るだけだったから新鮮だぜ?」
カイトはアーデンの肩をガッと抱き寄せて豪快に笑った。ロゼッタはその様子を見て微笑ましく笑みを浮かべていたが、レイアは顎を指でなぞって考え込んでいた。
「レイアさんどうかしましたか?」
「うん。私達、ン・ヲカ遺跡の中を大分歩き回ったわよね?」
「ええ、書き込んだ地図を見ても大体見て回ったかと思います」
「ここまでの間、宝玉が保管されていそうなそれらしい部屋もなかったし、ゴーレムや魔物に合うばかりで収穫なしよね?流石に不自然かなって」
アーデン達はすでに相当の時間をかけてン・ヲカ遺跡を探索していた。しかしその間に、話にあった宝玉を見かけることも、それらしい仕掛けがありそうな部屋などを見つけられなかった。
「一応フライングモを飛ばしてみたけど、やっぱりサラマンドラの壁画欠片だからか反応がないのよね。手がかりなしってのはやっぱりキツイかな」
「そうですねぇ、このままじゃあ闇雲に歩き回るだけになってしまいますね…」
レイアの思案にアンジュも加わった。地図を見てあれやこれやと話し合っていると、アーデンとカイトも二人に近づいてきた。
「どうした?お嬢にアンジーも難しい顔して」
「カイトさん、ここの遺跡って大体調べ尽くされているって言ってましたよね?」
「ああ、比較的安全な魔物しかいないし場所も分かりやすいからな。めぼしいもんはもう無いと俺ぁ思うんだがなあ」
「だけどオリガ女王の調べではこの遺跡の名前が上がった。王国の蔵書だから私達が直接目にした訳じゃあないけど、無意味とも思えないのよね」
レイアもアンジュもうーんと唸って首を傾げた。カイトも身体的な疲れはないものの、進展のない探索には飽きがきていた。
「アー坊、ここらで一息入れないか?」
「だな。一度立て直す必要があると思う」
全員の意志を確認し、アーデン達はン・ヲカ遺跡の探索を一度切り上げる事になった。収穫なしという結果に悔しい思いはあったが、いたずらに時間だけを浪費していくのも建設的でないと皆が考えていた。
錨の鎖を伝って船の上へと上がる。潜水玉のお陰で海底からすぐに上がっても問題はなかった。
辺りは日が落ちて暗くなり、海底遺跡では分からなかった時間の流れというものを感じた。錨を引き上げると、カイトは船を出してシーアライドの港へと戻った。
港に戻ってから、アーデン達は宿に戻らずカイトの船で食事を取る事になった。カイトから食事に誘われたというのも理由だが、今回の探索で気がついた事などを話し合う時間が必要だった。
それにアーデン達三人は、カイトの料理を大いに気に入っていた。豪快かつがさつに見えるカイトだが、料理に対しては驚く程繊細で丁寧だった。
「それで次の手はどうする?」
カイトがそう聞くとレイアが口に入れた食べ物を飲み込んでから答えた。
「手詰まりとまでは言えないけど、思いつかないのが正直な所かな。アンジュはどう?」
アンジュもまた料理に手をつけていたので、口いっぱいに頬張ったものをゴクリと飲み込んでから言った。
「あそこまで何もないと、逆にそれが怪しくも感じますね。何か仕掛けがあるとも考えられるかと。アーデンさんはどう思いますか?」
アーデンは慌てて飲み込んだので喉をつまらせた。レイアからお茶を渡されて無理やり流し込むと、ぜえぜえと息を吐き出した。呼吸を整えてから口を開いた。
「アンジュの意見にほぼ同意かな。ただし、仕掛けがあるとしたらそれを解く切っ掛けが必要だと思う。それを見つけるにはどうするか、考える必要があるかな」
「そうね、アーデンの言う通り読み解く為の鍵がないと難しいと私も思う」
「でも現状それらしい情報を探せる場所と言うと王城ですよね、その蔵書を見せてもらうって事は出来るのでしょうか?」
それは難しいだろうなとアーデン達三人は頭を悩ませた。しかしカイトはしれっと言い放った。
「じゃあオリガ女王に頼んでみようぜ」
今度は三人共発現に驚いて喉に詰まらせた。一斉にお茶を飲み込んで一息つくと、ぶはっと息を吐き出した。
「か、簡単に言い過ぎよ。そんなこと可能なの?」
「いやあ、王城に保管されてるってことは相当重要な物だと思うから簡単じゃあないな。でも言ってみなけりゃ分からない、言うだけタダだやってみようぜ」
楽観的に笑うカイトにレイアとアンジュは不安げな表情を浮かべるも、アーデンはこくりと頷いた。
「だな。やるだけやってみよう」
「本気ですか?」
「他ならぬオリガ女王が依頼した事なんだ。きっと女王も抜き差しならない状況なんじゃあないか?手がかりが欲しいって要望が通らないとは俺は思わない」
「俺もアー坊に賛成だ。無理って言ってきたら、じゃあ何も分からないぞって脅してやろうぜ」
「それはあんただけでやってよね、私は遠くからあんたが侮辱罪で逮捕されるのを見ておくから」
「そりゃないぜお嬢」
アーデン達は船の上で晩ごはんを食べながら歓談を続けた。カイトの性分もあって、もうすっかりアーデン達は打ち解けていた。笑い声が響くセリーナ号を月夜が優しく見守っていた。




