ン・ヲカ遺跡 その2
アーデン達一行は体を乾かし支度を整えると、海底に沈んだ遺跡ン・ヲカ遺跡を進む。
そこが海底だと忘れてしまう程、海底遺跡の環境は良質だった。中は明るく通路は広く、空気の心配も一切なかった。
そうでなければ魔物が生息出来ないのだが、不思議に思いアーデンはそれについてカイトに聞いた。
「なあ、ここって海底にあるのになんで空気とか大丈夫なんだ?」
「詳しい事は分からんが、俺が訪れた事のある海底遺跡で空気がないって所は無かったな」
「全部?」
「ああ、全部だ。理由は知らん。仕組みを知らなくても活動出来ればそれでいいからな」
そんなカイトの返答を聞き、アンジュが言った。
「私は何となく理由が分かりましたよ」
「本当かアンジュ?」
「ええ、ちょっと来てください」
アンジュはそう言うと、全員を遺跡の壁へと招き寄せた。壁をこんこんと叩いて見せて注目を集める。
「遺跡に何度も潜って確信しましたが、どの遺跡も壁にマナの流れを感じます。恐らくですが、遺跡は環境によって姿かたちを独自に変えています。そして遺跡内を生命が活動出来る環境に整える作用があると推測されます」
「遺跡が形を変える?」
「ええ、どんな条件で何に適した環境なのかは推測しかねますが。最低限生命活動が可能な環境を作っていると思われます。あくまで壁に流れるマナの情報を読み取っただけですが」
アーデンとカイトは、流石に荒唐無稽過ぎないかと話を聞いて考えていた。しかしレイアは違っていた。その考えを聞いて逆に納得したようにぽんと手を打った。
「ああ、アンジュのお陰でようやく分かった。間違いないわ、遺跡の壁ってずっと違和感を感じてたの、多分これ、一個の大きなアーティファクトなんだわ」
「はあ!?」
「そんなに驚く事でもないでしょ?ウラヘの滝裏の洞窟の時からずっと気になってたの。どうしてこの空間がずっと保たれたままなのかなって、私じゃ一箇所のマナの流れは追えても、アンジュみたいに全体を見れなかったから確信を持てなかった。でもやっと確信出来たわ」
「いやいやお嬢、遺跡が丸々アーティファクトってそんな馬鹿な」
「馬鹿な話じゃあないでしょ?そもそも、この遺跡が出来たのってとんでもなく前の話でしょ?どれくらい前かハッキリ判明してないけど、それでもすっごく前。その間人も魔物も沢山行き来している筈なのに、壁や地面が劣化してない方がおかしいのよ。これだけ荒唐無稽な話を現実に出来るのは、それこそアーティファクトだけだわ」
レイアの発現は突拍子もなかったが正鵠を得ていた。常識で計れない特殊な能力を持ち、不可能を可能とする超常の物がアーティファクトだった。
大昔からあり続ける遺跡が、激しい戦闘があっても朽ちる事なく、そして多くの生物が出入りをし、命の営みを続けているという事実は、本来であればありえない状況であった。
「おっと、楽しい授業の時間はここまでのようだぜ」
「ああ。皆、戦闘準備だ」
魔物の気配を感じ取ったアーデンとカイトが戦闘態勢に入った。アーデンはいつものようにファンタジアロッドを、カイトは拳を握り肩をぐるぐると回した。
物陰から現れたのはゴーレムが三体、形状は人型に近く体はそこそこの大きさだった。顔の真ん中に赤く発光する魔石が埋め込まれており、それを使ってアーデン達を認識している。
それだけでなくこのゴーレムは魔石を攻撃にも使用してくる、マナを収束させ強力な光線を放つ。飛び道具として厄介なものだった。
対するアーデン達はどう攻めるかをそれぞれに思案していた。三人は戦闘経験の多さから、相手のやりたいこと、やってほしいことは大体伝え合う事が出来る。アンジュはまだ加入してそれほど経っている訳ではないが、持ち前の明晰な頭脳がそれを可能としていた。
ただしカイトは違う。協力して調査するにあたって、アーデンはカイトの戦闘能力について本人から聞いていた。それでもまだ戦闘を目にしてはいなかった。
出来る事出来ない事、アーデンはそれをカイトから聞いてはいたものの、カイトの取った行動に驚愕し、思考と体の動きが止まった。
カイトはただ前へと歩みを進めた。しかし拳を構える訳でもなく、ただ散歩するかのように前に進んだ。
アーデンが事前に聞いていた事は実に単純なもので、魔法の類いは一切使えず、荷物がかさばるから武器も用いない、自分に出来る事はただ前に出て拳で殴りつけるか蹴りつけるかと語った。
それを裏付けるかのように拳はゴツゴツとして分厚く、足の筋肉もしなやかで強靭なものだった。素手で戦う者は珍しいが、筋骨隆々な逞しい体付きが納得感を強めた。
しかしカイトの取った行動は、とても戦いに臨むようなものではなく、無防備なまま敵の前に出ただけだった。カイトの未知数な実力を前にして、アーデンは一瞬焦りを覚える。
それが杞憂に終わるとは、その時のアーデンには分からなかった。
無防備に前に出たカイト目掛け、ゴーレムは岩で出来た腕を思い切り振り下ろした。まともに当たればひとたまりもない一撃、少なくともその場にいたカイト以外の全員がそう考えていた。
ガゴォンッと大きな音が響く、最悪の結果を想定してアーデン達は息を呑んだ。だがしかし、その最悪はカイトではなくゴーレムの方に降り掛かった。
カイトのした事は至極単純で、相手の攻撃に合わせて拳を突き出した。ただそれだけだった。技術もなにもない、岩の体を持つものとの力比べ、カイトの拳はゴーレムの腕を粉々に粉砕した。
腕を破壊されたゴーレムは一瞬状況が把握出来ずにいた。その隙を見逃さず、カイトは懐に潜り込むとゴーレムに拳を叩き込んだ。何度も、何度も、何度もだ。パンチの高速ラッシュを受けたゴーレムの体は、最後に叩き込まれた一撃で腕だけでなく全身粉々に砕け散った。
力任せに殴って壊す。それがカイトの戦闘スタイルだった。その凄まじさにアーデン達も呆気にとられたが、残りのゴーレムも呆気にとられた。
「おいおい、俺に全部やらす気か?手伝えよ皆も」
「え?あ、ああ。そうだな!」
「何あの馬鹿みたいな戦い方…」
「レイアさん、気持ちは分かりますが口にしちゃ駄目ですよ」
カイト一人に圧倒されるゴーレムが、アーデン達が加わって敵うはずもない。戦闘終了時、地面にはゴーレムだった岩の塊が砕けて散らばっていた。
「ふぃー、終わった終わった!」
戦闘を終えたカイトはスッキリとした顔でそう言った。俺はロッドを仕舞うとカイトに近づいて体をじっくりと見て調べた。
「おお、何だ何だ?アー坊、俺の体に惚れたか?」
「…怪我一つないのか」
あれだけ無茶苦茶な戦い方をしておいて体には傷一つなかった。あれだけゴーレムを殴りつけた拳も無事なままだ。
「ハッハッハ!あの程度で怪我なんかするかよ、寧ろ的が大きくて殴りやすかったぜ」
「嘘だろ…」
信じられないが、カイトの体を見ればそれが真実だと受け入れざるを得なかった。ゴーレムと殴り合って傷ひとつない、その強靭な肉体がカイトの武器なのか。
「カイト、あんた頑丈ね」
「だろ?お嬢、見直したか?」
「ええ見直した。だから先頭を歩きなさい、魔物に襲われた時真っ先に私達の盾になるのよ」
レイアにそう言われカイトはがくっと肩を落とした。
「何だよ、盾として見直したってか」
「それだけ頑丈なら有効な戦術でしょ?いいからあんた先頭ね、魔物が出たら真っ先に突っ込んでいってぶん殴りなさい」
「ま、確かにそうだな。俺ぁそういう単純なのが好みだ。引き受けたぜお嬢!」
いい笑顔でカイトはそう言うが、レイアの言いようはまるで人扱いとは思えないものだった。
「レイア、流石にそれは酷いんじゃないか?」
「そう?今までずっとアーデンに前に出っぱなしだったでしょ、あんたどっちかって言うと守るより攻める方が得意なんだから、カイトが敵を引き受けてくれるのを上手く利用してみなさいよ。そういうの得意でしょ?」
確かに俺のファンタジアロッドは、守勢より攻勢の方が得意だ。カイトが敵を引きつけてくれるなら、それを加味した作戦を考える方が効率的でカイトを守る事にも繋がる。
カイトの実力の底はまだ未知数だが、実戦においてこの上なく有用で有能なのは分かった。レイアの言う通り、それをどう活かすのかを考えるのは他でもなく俺の役割だとそう思った。




