リーダーの自覚と懸念
カイトからの協力要請への返答をする前に、オリガ女王が遣わした使者が応接室へ入ってきた。宿屋に案内すると言われ、こちらへと行動を急かされる。
「ま、どうするかは皆で話し合って決めてくれていい。勿論断ってくれても構わんさ。取り敢えず俺ぁセリーナ号で待ってるからな」
耳元でそうカイトが呟いた。使者を待たせておく訳にもいかないので、俺達は取り敢えず後をついていく事にした。
途中でセリーナ号に戻ったカイトと別れ、そのまま宿屋へと案内される。入った事もないような豪華な部屋を一人一室ずつ用意されていて、落ち着かなくってすぐに俺の部屋に全員で集まった。
「ちょ、ちょっと、これはやばいって!」
「ど、ど、どうしましょう?わ、私こんな部屋初めてです…」
「いやアンジュ、それもだけどそれだけじゃなくてさ」
俺もアンジュも大慌てだったが、珍しく冷静に考え込んでいたのがレイアだった。王城では人の多さに目を回していたが、今は何か思案を続けていた。
「レイア?」
「ん?」
「どうかしたのか?具合悪いとか?」
「別にそんな事ないけど、何で?」
「何かやけに大人しいからさ」
「そこはかとなく失礼ね、でもま、言いたいことは分かるわ」
珍しく食ってかかってこないのも気になる。俺が首を捻っているとアンジュがレイアに聞いた。
「レイアさん何か気になる事があるんですか?」
「気になるっていうか…、なんだろうな。ちょっと上手く説明出来ない。でも悪い事じゃあないよ」
やっぱりこんなレイアは珍しい、というより初めて見た気がする。こんなに歯切れ悪い所は見たことがない。大体レイアはきっぱりと物をいうからだ。
しかしレイアの態度が気にはなるものの、今はそれよりも問題がある。
「レイア、どうしよう…?」
「そうね。ここまで外堀を埋められたらもう協力するしかないんじゃない?」
「ええ、そんなあっさりと決めていいのでしょうか?」
「でも二人共、これから女王様に本当の事言って実は協力者でも何でもありませんでしたって言える?」
言えない。俺もアンジュも首を横にぶんぶんと振った。
「そうでしょ?あいつの意図はともかくとして、私達の目的が合致しているのは間違いないんだし、協力すれば船が手に入っておまけにカイトもついてきてお得でしょ?」
「いやカイトに船がついてくるんじゃ…」
「私はあの男がおまけだと思うけどね、大体船を借りるとなったら大変よ?女王様の話によれば今海に魔物が頻出しているみたいだし、そんな危険な海に船を出してくれる人がいるかしら」
それは、言われてみれば確かにそうだ。返す言葉もなく押し黙る。
別に俺はカイトに協力する事はいいと思っている。少しの間一緒にいただけだけど、カイトは良い奴だったし、声をかけてくれなければ今シーアライドにはいられなかっただろう。
ただ、この事がどんどんと進んでいく流れにどうしても不安を覚えてしまう。シェカドでロゼッタを取り巻く事件と関わった時、俺は暗躍していたザカリーの存在に気が付かず、リュデルに都合よく使われた。
最後のリュデルとの共闘だけには間に合ったが、それでもずっと蚊帳の外にいて、俺が考えなしだったのは事実だ。それが頭から離れない。
一度は信じたカイトをまた疑うのも心苦しいし、何よりそんな俺が嫌だと思った。勝手に信じて勝手に疑って、自分の気持ちがブレブレなのが情けなくて仕方がない。
「アーデン」
レイアに声をかけられて俺はハッと気がついた。すっかりうなだれて下を向いていた事に気が付き顔を上げた。
「アーデンは色々考えてるみたいだけどさ、そもそもカイトが一人で手に負えなくて困ってるって可能性は考えないの?あいつずっと一人でサルベージャーだかをやってたんでしょ?それが協力者を求めたってことが証左じゃない?」
「そ、そう言われれば確かに…」
「で?アーデンは困ってる人を放っておくの?」
「いやそれは駄目だ。俺に出来る事があるなら手を貸さなくちゃ駄目だ」
迷いなくそう答えると、レイアはふっと苦笑して言った。
「それでいいんじゃない?あんたは色々考えるより、突っ走って前進してる方がお似合いよ。カイトの事、まずは信じてみるって事でいいと私は思うわ」
「…うん。そうだな。確かにそうだ。何だかごちゃごちゃ色々と考え過ぎてたかも知れない。俺は俺が誇れる冒険をするだけだ、目まぐるしくて忘れてたけどそこを忘れちゃいけないよな!」
「そういう事。という訳で私達は、この豪華な部屋を思う存分味わっていいって事よ。じゃあ私は行くわ、折角こんな綺麗な部屋に一人で泊まれるんだから。しかもタダよタダ」
そう言うとレイアは、俺とアンジュを置いて行ってしまった。俺はアンジュと顔を見合わせると、肩をすくめて言った。
「じゃあ俺も厚意に甘えるとするよ、またなアンジュ」
「はい。分かりました」
部屋を去るアンジュを見送った。部屋に戻ってベッドに身を投げると、柔らかでいい匂いのするシーツがゆったりと身を包んだ。
コンコンと扉をノックする音がする。扉を開けたレイアはそこで待っていた人物を見て言った。
「やっぱり来たわねアンジュ。入って」
「失礼します」
アンジュはぺこっと頭を下げてからレイアの部屋へ入った。すでに多くの作業用の工具と道具が床に散らばっていた。ものの数分でこんなにもとアンジュはたじろいだが、それは見なかった事にした。
「レイアさん、アーデンさんは大丈夫でしょうか?あんなに深刻そうに考え込む姿は初めて見たので心配で…」
「大丈夫だと思うわ。シェカドでの事は話したわよね?」
「ええ大体の事は」
「アーデンだけじゃなくて私もだけど、初めての本格的な冒険で浮足立ってたのよね。だから大切な友達を危険な目に遭わせちゃった。アーデンは多分その時の事と、私達二人の事を考えていたんじゃない?」
「私達の事ですか?」
アンジュの問いにレイアはこくりと頷いた。
「私はそんな柄じゃないし、アンジュは新参だって言って多分遠慮するでしょ。アーデンは自分がこのパーティのリーダーだって自負が芽生えたんじゃない?私はそれに異論ないし、アンジュもそうでしょ?」
「はい。私はアーデンさんの方針に従います。それはお二人を信じているからです」
「ありがとう、私もアンジュの事信頼してるし頼りにしてる」
レイアがそう言ってアンジュに微笑みかけると、アンジュもまたレイアに微笑み返した。冒険を通じて、二人の間に確かな絆が結ばれていた。
「アーデンは私達二人を自分の判断で危険な目に遭わせたくないって思ったんじゃない?自覚してるか分かんないけどね」
「成る程、だからレイアさんはああいった励ましをしたんですね」
「皆で冒険してるんだから、決断はアーデン一人の責任じゃないでしょ?私達はアーデンの決めた事をしっかりと支えて、助けて助けられるの」
「ですね。私もそう思います」
アンジュはレイアの考えを聞いて安心した。まだまだ二人との付き合いの浅いアンジュは、互いの機微を分かり切っていない。こうして考えを聞く事が出来ると安心が出来る。
しかしアンジュの聞きたい事はそれだけじゃなかった。寧ろ本命はこちらであった。
「もう一つ、カイトさんについてなんですが」
「そうね。そっちも話しておきたいわよね」
「はい。カイトさんの行動一つ一つは不自然なものではなく私達にもカイトさんにとっても利があるものでした。だからこそ私達も話しに乗った。そして気がついてみればもう外堀が埋められている状態でした。これを狙っていたとしたら、本当にカイトさんを信頼していいものでしょうか?」
「アンジュの懸念は尤もなものだわ。でもここは私を信じてカイトと手を組んで欲しいの。まだ何とも言えないのが申し訳ないけど、私に考えがあってね」
レイアの考えとは何か、気にはなるもののアンジュはそれを飲み込んで頷いた。それを受けてレイアは満足そうに笑いかけた。
「それでね、アンジュにちょっと力を貸して欲しいんだけど…」
レイアとアンジュの会合が続く、二人はアーデンの冒険を支える為に、持てる力を使って奔走するのであった。




