海の男カイト その2
カイトの所有する船、セリーナ号へと俺達は乗り込んだ。そして改めてしっかりと自己紹介を交わす事にした。
「名前まだ言ってなかったよな。俺はアーデン・シルバー、冒険者だ。二人はその仲間、一緒に旅してるんだ」
「レイア・ハートよ。よろしく」
「私はアンジュ・シーカーです。元はサンデレ魔法大学校に所属していた魔法使いで、二人と一緒に旅をする為に冒険者になりました」
一人一人の自己紹介を聞くと、カイトは満足そうにニカッと笑った。眩しいくらいの笑顔だ。
「よろしく!俺はカイト・ウォード。呼び捨てでいいし敬語もいらねえぞ。ま、こっちも同じようにするけどな。そして!」
「ん?」
「お前はアー坊、あんたはレイアお嬢、そして君はアンジーな!はいよろしくぅ!」
「ア、アー坊?」
「お嬢!?」
「アンジー?」
唐突につけられたあだ名に戸惑っていると、カイトはワハハと笑い声を上げながら言った。
「俺達船乗りは人との出会いがその場限りってのが珍しくないからな。こうしてあだ名をつけて呼ぶのが風習みたいなもんなんだ。少しの間の付き合いでも、ぐっと距離が縮まった気がするだろ?」
「ああ、そういう事」
「ちょっと!納得するんじゃあないわよアーデン!私のお嬢って何よ!お嬢って!」
「お嬢はお嬢だ。俺がそう決めたからそうなんだ」
「勝手に決めるな!!」
食ってかかるレイアを、カイトはワハハと笑っていなしている。中々強者だなと思って見ていると、アンジュがブツブツと何か言葉を繰り返しているのに気がついた。
「どうしたアンジュ?あだ名、気に入らない?」
「あっ!い、いえ!違うんです。寧ろ逆で、あだ名で呼んでもらうなんて初めての経験で、何かちょっと嬉しくって…」
ブツブツと繰り返していたのはアンジーというあだ名だったみたいだ、アンジュは可愛いなあとほっこりとした気持ちになっていると、レイアからぽかぽか殴られているカイトが言った。
「じゃ出港するか!目指すはシーアライドだ!」
大海原を進むセリーナ号、その甲板にレイアは一人でいた。心地よい潮風が長い髪を揺らす。バサバサと鬱陶しいとレイアは髪を束ねて後ろでまとめた。
「風になびく美しい髪、折角絵になるのにまとめちまうのかいお嬢」
操舵輪を握るカイトがレイアにそう話しかけた。
「うるさいわね。私の自由でしょそんなの」
「確かにそうだ、しかし勿体ないねえ。美人と海は絵になるってのに」
「バカバカしい。あんたの勝手な感想でしょそれ」
「ハッハッハ!違いない!」
何を言っても豪快に笑い飛ばすカイト相手に、レイアはため息をついてそっぽを向いた。海を眺めて気を晴らしている。
「アー坊とアンジーの様子はどうだ?」
「二人共ダメね、アンジュまだしもアーデンは全然ダメ」
アーデンもアンジュも船酔いですっかり具合を悪くしていた。二人共船室で寝転がり、うーんと唸り声を上げている。アンジュよりアーデンの方が顔を青くしていた。
「船旅を一番楽しみにしてたのはアーデンのくせに、何やってんだか…」
「海や波と仲良くなるにはコツがいる、一朝一夕って訳にもいかないさ。しかしお嬢は平気そうだな」
「そういや平気ね、何でかしら?」
まとめてもなお余る髪が揺れ、それをレイアは耳にかけた。
「お嬢は海に愛されてるって事じゃあないか?」
「適当な事言ってんじゃないわよ。後、お嬢って私は気に入ってないからね」
「そりゃ手厳しいねえ」
レイアに睨みつけられてもカイトはどこ吹く風という態度だった。言っても無駄な人種かとレイアはため息をついて諦めた。
「あんたさあ」
「ん?」
「なーんか隠してる事あるでしょ?」
「隠し事のない人生なんかないさ。お嬢だってそれはそうだろう?」
「はぐらかすのが上手ね。…ま、アーデンの言う通り私もあんたが悪い奴って感じがしないのは同意出来るけどね」
「そりゃ嬉しいねえ、でも根拠はあんのかい?」
「ない。アーデンと同じ直感よ。私のはそんなに信頼性ないけど、何故かあんたの隠し事については今回鼻が利いた。何でだと思う?」
「俺に聞かれてもねえ」
「期待はしてないからいいわ。ただしあの二人に手を出したら容赦しないから」
言いたいことを言い終えるとレイアはすっかり会話をする気をなくした。そんなレイアを見てカイトもまた語るのを止めた。代わりに波音と海鳥の声が静寂を騒がしていた。
目が覚める、天井の照明が揺れている。それが自分が海の上にいるのだと思い出させた。
「あー気持ち悪かった…。船って大変なんだなあ」
最悪の状態から脱したものの、俺はすっかり船酔いで気分を悪くしていた。体を起こすと、隣で一緒に船酔いでダウンしていた筈のアンジュがいなかった。
「あら、アーデン起きたんだ」
「レイア。俺どれくらい寝てた?」
「半日。もうすっかり夜よ」
「…船旅って辛いなぁ」
すっかり寝てしまって船旅の醍醐味など一つも味わう事が出来なかった。起きていても具合が悪くて味わえなどしなかっただろうが、それでも波を感じてみたかった。
「何がっくりしてるのよ。いいから起きて出てきなさいよ、カイトが晩ご飯作ってくれたから」
「そういやいい匂いがするなあ。お腹へった」
「じゃ、早くしてよね」
起きる時少しだけふらついたものの、何とか立ち上がって船室から出た。すでにアンジュとカイトが鍋を囲んでいて、その輪の中にレイアと一緒に座った。
「おうアー坊、具合はどうだ?」
「大分よくなったよ。でも、船旅って大変だな」
「ハッハッハ!乗ってりゃその内慣れるさ。それよりほら、シチュー作ったら食え」
カイトが火にかけた鍋からシチューをよそってくれた。皿とスプーンを受け取ると、匂い立つ香りが鼻の奥をくすぐり食欲がそそられる。いただきますと挨拶すると、ひとすくいして口に入れた。
「っ!美味いっ!!」
「ね!美味しいですよねっ!私もびっくりしました!」
アンジュが興奮気味に言う、その気持ちがよく分かるのでこくこくと頷いてから次々にシチューを口に運んだ。
「これ魚?」
「おう、俺がさっき釣った。取れたて新鮮だぞ」
「へえ、すごいなあ」
俺が感心していると、レイアがムキになってカイトに抗議した。
「ちょっと!あんただけじゃなくて私も手伝ったでしょうが!」
「そうそう、お嬢も魚釣りを手伝ってくれたんだ。しっかしその後が大変でなあ」
「何やらかしたんだレイア?」
「や、やらかしてないわよ。ちょっと、その…」
「魚捌いた事ないから鍋に直接ドボンってな、俺ぁ大抵の事には動じないがあの時は焦ったぜ」
「こんなに手の込んだ事するとは思ってなかったのよ!」
そう言えば野生動物とかを取っても、解体するのは俺がやるからレイアは肉になる前をあまり知らないのか。
「にしてもお前…、そのまま入れるのは…」
「文句があるなら私の釣った魚返しなさいよ。言っとくけどカイトは一匹で、私は四匹釣ったんだからね、貢献度で言えば私の方が大きいのよ?」
「腹に入れたものは返せませーん」
「いい度胸ね、腹に穴開けて出してやろうか?」
俺とレイアの喧嘩が始まりかけると、カイトが間に割って入ってきた。
「ほらほら、夫婦喧嘩は魚も食わないぜ?それくらいにしてもっと食えって」
「誰が夫婦だ!後、それを言うなら魚じゃあなくて犬でしょ!」
「海に犬はいねぇんだお嬢、魚で我慢してくんな」
「そういう事じゃなーい!!」
俺以外の奴と喧嘩をしているレイアを見ていたら、俺はぷっと吹き出してしまった。そのままツボに入ってしまって、声を上げて笑ってしまった。
釣られるようにアンジュも笑った。そして何故かカイトも声を上げて笑った。レイアだけは苦笑いの後、少しだけふっと頬を緩めた。
カイトとは初めて会ったばかりなのに、もうすっかり輪の中に溶け込んでいるように思えた。気がよく海のように大らかな男は、白い歯を見せながら大声で笑っていた。




