前途多難と出会い
シーアライドへ向かう船に乗るための道すがら、休憩中にアンジュは取り立ての冒険者タグをピカピカに磨いて眺め、にこにこと笑っていた。
アンジュの等級は2級、特例だが燐命の錫杖を巡る事件での活躍が認められて飛び級が許された。
それだけでなく、アンジュは試験のすべてを満点で合格した。サンデレ魔法大学校で首席を取り続けただけの実力を発揮し、文句のあるものを黙らせたのだ。本人にその気はないと思うが。
終わった後「ちょっと簡単過ぎますね」と言った言葉にすべてが詰まっていたと思う。実力も知識も申し分ないという結果だった。
「そんなに嬉しい?それ」
「嬉しいですよ。レイアさんは嬉しくなかったんですか?」
「いや嬉しくない事はなかったけど、正直合格は間違いないって確信してたから」
「私も同じですけどやっぱり嬉しいですよ。これで二人と一緒の冒険者です。こう仲間の証って感じがしませんか?」
「ふふっ、まあそれはそうかもね」
俺が二人のやり取りを眺めていると、アンジュがこちらに気がついて声をかけてきた。
「どうしたんですアーデンさん。何かぼーっとしてますけど」
「ん?ああ、そろそろヨンガイが見えてくるかなって思っててさ」
港町ヨンガイ、ここからシーアライド行きの船に乗ることが出来る。俺達三人は、今そこに向かって移動していた。
「俺大きな船って乗ったことないんだよな。精々池の小舟くらいかな」
「私も初めてですよ。遠出した事ないですから」
「私は小さい頃、一度家族で旅行に出かけた時に乗った事あるわ。まあ流石にもうどんな感じだったか覚えてないけど」
旅客船がどんなものなのか、その興味は尽きない。ぼーっとしていたのはワクワクしすぎて前日から眠れないからだった。恥ずかしいから二人には黙っているけれど、楽しみで仕方がない。
「そう言えばアーデン、路銀の方はどうなの?」
「今の所問題ないよ。ギルドの特別作戦の報酬でたっぷり貰ったから」
「でも私が増えたからその分負担がありますよね?」
「そうだな。シーアライドに着いたら向こうのギルドで何件か依頼を受けようか、そうすれば余裕を持ってニンフの調査に臨めるし」
「分かりました!冒険者になってから初依頼です。頑張ります!」
やる気に満ちたアンジュがおーっと掛け声を上げて拳を高く突き上げた。張り切ってるなあと、俺とレイアはアンジュを微笑ましく見守るのだった。
「船が出ない!?」
ヨンガイに到着して早々に、俺達は大問題に直面していた。なんとシーアライド行きの船が出ないと言われてしまったのだ。
「申し訳ありません。現在シーアライド行きの船だけでなく、あらゆる旅客船が出港出来ない事態でして」
「一体どうしてそんな事に?」
「海の魔物、クラーケンの仕業です。その特殊個体が出現したようでして、対応に遅れているのでございます」
そんな馬鹿な、このタイミングで何故と俺は開いた口が塞がらなかった。後ろでこそっとアンジュがレイアに話しかける。
「クラーケンって何ですか?」
「海に生息する魔物でね、すっごくでっかいイカみたいな見た目してる奴。元々凶暴なんだけど、特殊個体となればもっと大変かもね」
レイアの解説を片耳で聞きながら、俺は旅客船の担当職員のおじさんに詰め寄った。
「そ、そんなすごい魔物が出たらすぐに討伐隊が出る筈ですよね?ね?」
「その筈ですが、生憎ヨンガイには冒険者ギルドの支部がございません。なので今状況がどうなっているのかを知るには時間がかかります」
「じゃあ船がいつ出港出来るかは」
「すみませんがお待ちいただくことになります」
ふらふらっと後ろによろけた俺の体を、レイアとアンジュが慌てて支えてくれた。おかげで後ろに倒れずには済んだが、あまりにも頭を悩ませる問題を前にどうしたものかと目の前がくるくる回るように感じた。
急ぐ旅でもないが、海路が使えないとなるとシーアライドまでの道のりはとても遠くなってしまう。すっかりその気でいたのでがっかりとしてしまった。
「あのレイアさん、どうしてアーデンさんはあんなに気落ちしているんですか?」
「大方旅客船に乗りたくて仕方がなかったって所でしょ。寝不足そうにしてるの見てたから、きっと楽しみで眠れなかったのね。あいつそういうとこあるのよ」
完全にレイアに性格を把握されているのはいいとして、アンジュにそれをバラされるのは恥ずかしかった。しかし抗議する元気もない。
「アーデン、しっかりしなさいよ。海路が使えないなら今後の事考えなきゃでしょ?」
確かにため息ばかりついてはいられない。手がないなら次の手を考える必要がある。でもショックなのはショックだ、乗りたかった旅客船。
「…じゃあ、ええっと。何か案がある人」
「はい」
「アンジュ、どうぞ」
「運航再開の目処が立っていないなら陸路に切り替えるのは?ゴーゴ号があれば時間はかかっても行けないことないですよね?」
俺が同意する前に、アンジュの意見にレイアが手を上げて入ってきた。
「ごめん、私はその案反対かな。ゴーゴ号の燃料が途中で尽きると思う」
「そうなんですか?というか、今まで気にしてなかったんですが、ゴーゴ号って何を燃料に動いているんです?」
「説明が難しいから専門的な用語は避けるけど、大部分はマナを使って走らせてるの。私が加工した特殊な魔石にマナを充填するんだけど、一度空っぽになると再充填まで結構時間がかかるの。マナが残ってると充填も少し早まるんだけどね」
「私がブーストで充填するのは?」
「アンジュの魔力量は耐えきれないわ。間違いなくぶっ壊れる」
ゴーゴ号ってそんな仕組みで動いていたんだな、俺も初めて知った。しかしそうなるとレイアの言う通り陸路は逆に時間がかかりそうだ。
レイアの話の通りなら、何度か中継地点を作ってゴーゴ号の補給をしなければならない。小刻みにそんな事をしてるくらいなら、ここで運航再開を待った方が早く着くだろう。
ただそれも「一体いつ再開するのか」という問題と「その間の滞在はどうするのか」という問題がつきまとってくる。路銀に余裕があるとはいえ、悠長にしていればあっという間に尽きるだろう。
「大手を振って出てきた手前格好がつかないけど、一度トワイアスに戻るって選択肢もあるな」
「あそこなら依頼もあるでしょうしね」
「うーん。折角ここまで来たのに勿体ない気もしますが…、仕方ないですかねえ」
俺達が引き返すという方向で話がまとまりかけた時、突然後ろから声をかけられた。誰だと思いそちらを見ると、男性がそこに立っていた。
さっぱりと刈り揃えられた黒い短髪に、筋骨隆々な偉丈夫な見た目、日に焼けた浅黒い肌にやけに白い歯が光って見える。
「よお、盗み聞きするつもりはなかったんだが気になっちまってな。あんたら何か困ってるんだろ?よかったら俺に話を聞かせてみろよ」
咄嗟にレイアは俺の背に隠れ、アンジュは男から距離を取って俺の隣に立った。突然話しかけてきたからか、レイアはまだしもアンジュの警戒心も高い。
「失礼ですがあなたは?」
「悪い悪い、突然で警戒させちまったよな。俺はカイト、カイト・ウォードって言うんだ。海に沈んだアーティファクトを引き上げるサルベージャーをやってる。その為のでっけえ船もあるんだ、もしかしたら力になれるかもしれないぜ?」
カイトと名乗ったその男はニッと屈託のない笑顔を浮かべた。どうして俺達に声をかけてきたのか、その目的はまだ不明だが一先ず話をしてもいいかもしれない。俺はそう思ってカイトさんに事情を説明し始めた。




