新しい仲間
このメッセージを読んでるって事はサラマンドラに会ったって事だな。驚く顔が目に浮かぶぜ、いや本当は実際に見たかったなうん。
無い物ねだりをしたって仕方がない、そいつは一緒に冒険をする仲間に譲る事としよう。
サラマンドラは見かけ結構怖いけど、案外面白い奴だぞ。意外と話し好きでな、他のドラゴンとはまたちょっと違う。感覚が人に近いのかなあ、まあ父さんに難しい事は分からん。
兎に角これでお前は一歩伝説の地に近づいた事になる。ここまで来るのに色々とあっただろう、楽しい事もあれば辛い事もある、挫けそうになる事だってな。
でもお前はそれを乗り越えた。同じ冒険者として誇らしく思う。父親としては…、難しい所だがやっぱり誇らしい気持ちである事に違いはない。よくやったな。
アーデンと一緒に冒険してくれてる人、もしいるならありがとう、これからもどうか支えてやってくれ。俺の予想だとレイアちゃんは一緒にいると思うんだが、もしそうなら安心だ。アーデンの事頼んだよ。
これから先も伝説の地を目指して四竜を追うなら、相応の覚悟もしておかなきゃならん。だが、挫けるな。前に進むことをやめない限り冒険は続く、諦めそうになったら思い出せ、お前は一人じゃあないって事をな。
また会おうぜ。
サラマンドラに元の場所へ帰される前、父さんからの伝言があると言われたので手記を開いた。レイアもアンジュも一緒に覗き込んで読み終えると、俺は大きくため息をついた。
「何か重要な事でも残したのかと思ったのに、これただの父さんの雑記だな」
「でもサラマンドラも別にすごく重要そうには言ってなかったじゃない。帰す時に思いだしたくらいだし」
「私はいいメッセージだと思いましたよ。ブラックさんがアーデンさんをちゃんと思ってるんだなって感じました」
レイアとアンジュにそう言われて、俺も無理やり納得する事にした。父さんからのメッセージが嬉しくなかった訳じゃないし、寧ろ本当はちょっと嬉しい。
だけど問題はこれでは何の手がかりを得られないという事だった。せめて次の竜についての話に少しでも触れてくれていればと思ったのに。
「まあこれは一先ず置いておこうか。アンジュ、テオドール教授の方は?」
「ええ、今日はもう講義もありませんし、時間は十分取れると思います」
「じゃあ予定通り行こっか、教授には私も色々お世話になったしちゃんとお礼をしなくちゃね」
俺とレイアはまとめた荷物を持ち上げた。この宿屋とは今日でお別れだ、俺達は次の竜の手がかりを求めてまた冒険の旅に出る。
トワイアスの街もサンデレ魔法大学校も離れるには名残惜しい場所だけど、目的地はここじゃあない。そろそろ動きださなければいけない。
来客用の門をくぐる、またバーネットさんはいないんだろうなと思っていたら、珍しい事に今日は受付に出ていた。
「バーネットさん、珍しいですね」
「ああ?」
思わず言ってしまってやばいと口を塞いだ。レイアがげしっと俺の足を軽く蹴った。
「なんてね、まあそんな怯えることないさ。普通ここに来る顔を覚える事はないが、あんた達の顔はどうしてか覚えちまった。そして何となく分かる、もう見納め何だろう?」
俺とレイアは目を丸くして顔を見合わせた。
「すごいですね、どうして分かるんですか?」
「馬鹿にするんじゃあないよ。ここでどれだけの顔を見てきたと思っているんだい?表情を見りゃ大体の事は分かるんだよ」
「そ、そんなものですかね?」
「そんなものさね。さ、あんた達二人はさっさと行きな。こっちで手続きしといてやるから」
「えっ?アンジュは…」
そう聞こうと思ったのに、バーネットさんはまたしっしっと手で追い払う仕草をした。どうしたものかと思っているとアンジュが言った。
「先に行っててください。場所はもう分かるでしょう?」
「そりゃそうだけど」
「じゃ行ってください。私もすぐに追いかけますから」
アンジュがそう言うならと、俺とレイアは先に教授の元へ行くことにした。大丈夫かなと一抹の不安はあるものの、長居をすれば噛みつかれそうだった。
「で、あんたともお別れって訳だ」
「ええ。長い間お世話になりました」
アンジュはバーネットに深く頭を下げた。それを見て普段から顰め面をしているバーネットの口角が上がった。
「世話なんかした覚えないよ。それはこの大学も同じだろう?あんたは元々一人で歩いていける力があった。ここで世話して貰わなくともね」
「そんな事もありませんよ?ここで得た知識が私の力です」
「一丁前に言い返せるようになったじゃあないか。その様子なら大丈夫そうだね。さあ、あんたもとっとと行きな」
「はい、そうします。あっ、学長先生にもよろしくお伝えくださいね」
「あの偏屈な旦那が一々大学を去る奴を覚える訳ないよ。ま、言うだけならタダだ、伝えといてやるよ」
それだけ言うとバーネットはアンジュにも追い出すような仕草をした。それを受けてアンジュはぺこりと頭を下げその場を立ち去った。
俺達はアンジュより一足先に教授の元を訪れていた。そして教授から、意外な人物の名前を聞いて驚いた。
「ロゼッタから手紙ですか?」
「ああ、君達に届くか分からないから私に送ってきたようだ。まだ滞在中でよかったよ」
「読んでもいいですか?」
「勿論だとも、君達宛の手紙だ」
俺とレイアは封筒から中身を取り出すと、一緒にそれを覗き込んだ。
アーデンさん。レイアさん。お久しぶりです。お二人共お元気にしていますか?お二人の事だから元気にやっているとは思うのですが、友人として心配してしまう気持ちはいつもあります。
私はというと、あれからも考古学者として活動しています。亡くなられたピエール教授の後任を任されて、未熟ながらもその責務を果たそうと日々奔走しています。
知識も経験も何もかも足りないけれど、教授の持っていた情熱は誰よりも近くで見てきたと自負しています。その熱と意志を私は引き継ぎたい、そう思っています。
それに、アーデンさん達との冒険に比べたら日々の雑事なんて些細な事です。あの時は確かに生きた心地がしなかったけれど、悪い事ばかりじゃありませんでした。大切な友人が二人も出来た。十分過ぎるくらいです。
まだまだ伝えたい事は沢山ありますが、それはまた会えた時に楽しみに取って置きます。
あの後、私はリュデルさんから伝説の地と秘宝に関する研究からは手を引くようにと強く言い含められました。実際私も危険な目に遭ったし、リュデルさんの言っている事は間違っていないと思いました。
だからそちらについては一切手をつけないと決めました。だけど、四竜についての研究から手を引くようには言われてません。少々言い訳がましいですが、目立たないようにこっそりとやっているので大丈夫です。
シーアライドという国をご存知でしょうか?海上に大きな都市を築いた国で、商船の国と呼ばれる程貿易が盛んな場所です。その歴史は古く、使われている技術も、すみませんつい脱線しかけました。
話を戻します。シーアライドの一部の船乗り達の間では、ニンフの加護という言い伝えがあるそうです。伝承する人も少なくなり、廃れていっている口伝だそうですがニンフの名前がはっきりと出ている話はこれより他見つかりませんでした。
間違っている可能性もありますが、もしかしたらシーアライド周辺でニンフに関する情報が聞けるかもしれません。よろしければ冒険の参考にしてください。
「また会える日を楽しみしています。ロゼッタ」
「色々調べてくれていたのね」
「ああ、感謝しかないな本当に」
手がかりはいくらあっても困らない。それどころか、次の行き先にも迷っていたくらいだったから渡りに船だった。
「教授、シーアライドについて何かご存知ですか?」
「確かにその国の周辺で土着の竜信仰があるという話は聞いた事がある。ただそれがニンフの加護と呼ばれているというのは知らなかったよ」
「そうなんですか?」
「私は確かに四竜の研究をしているが、魔法学という括りだけで言えば実際に存在するかはそう重要なものではないのさ。四竜への興味はあくまでも私個人のものだ、他の研究や学生を疎かに出来る理由にはならないんだよねえ。本音はもっとフィールドワークに赴きたい所だけど」
教授はそう言うと苦笑いを浮かべた。俺達には分からない色々なしがらみがあるのだろう。
「だが、私もただ手をこまねいてばかりではいられない。君達がこれからも四竜を追えば、私にも利がある。すでに君達はサラマンドラを見つけた。投資しない訳にはいかないな」
「投資ですか?」
「これを受け取りたまえ」
教授は机の引き出しから三枚のチケットを取り出した。それを受け取り見てみると、シーアライド行きの乗船券だった。
「実はロゼッタ君から私宛にも手紙が届いていてね、どうにか支援出来ないかと頼まれたんだ。それでこれを用意させてもらった。有効活用してくれよ」
「教授、ありがたいですけど、これどうして三枚あるんですか?」
「それはですね、私がアーデンさん達の冒険に加わるからですよ」
そう言ってアンジュは扉を開け中に入ってきた。まとめた大荷物を両手に持って立っている、大学の校章が入ったローブは脱ぎ、新しいローブを羽織ってブーツを履いた冒険者らしいスタイルになっていた。
「アーデンさん、レイアさん、私竜の印の譲渡はしません。一緒に伝説の地へ行きます。冒険者としてまだまだ未熟で若輩者ですが、私を仲間に入れてもらえませんか?」
「えっ、で、でもアンジュ。そうしたら…」
「はい。私はもうサンデレ魔法大学校を辞めなければなりません。そしてもう私に大学の門戸は開かれない。それでも私は、お二人と一緒に行きたいんです」
覚悟の込もった目に見据えられ、俺は嬉しさと戸惑いを同時に感じていた。確かにアンジュが一緒に来てくれたらとは思っていた。しかし、それで彼女の将来が左右されるのは許容し難いとも思っている。
「そういう訳だ、アンジュを頼むよ二人共」
「教授、あの…」
俺が発言するのを前に、レイアが手でそれを制した。そしてアンジュに聞く。
「決めたのよね?」
「決めました。何も迷いはありません」
「じゃあ一緒に行きましょう。私は大歓迎、アンジュともっと一緒にいたいと思ってたし」
レイアはそう言うとアンジュと笑顔で握手を交わした。それを見てぽかんと口を開ける俺にレイアは言った。
「アーデン、アンジュの事はアンジュが決める。そうでしょ?それともアンジュが一緒に来るのは嫌?」
「そんな訳ない!来てくれるならどれだけ心強いか」
「なら迷うことないわ。生半可な覚悟で言ってないってあんたなら分かるでしょ?」
確かにそれは伝わってきた。アンジュは俺の方へと向き直り、すっと手を差し伸べてくる。
「私はアーデンさんと一緒に行きたいです。伝説の地を一緒に見ましょう」
レイアの顔を見た。彼女は深く頷いた。教授の顔を見た。にこやかな笑顔でゆっくりと頷いた。アンジュの顔を見た。どこまでも真剣な眼差しが俺を捉えて離さなかった。
俺はアンジュの手を握り返した。
「一緒に行こう!冒険が俺達を待ってる!」
ここに新しい仲間が増えた。アンジュ・シーカー、夢見る魔法使い。頼もしい冒険の仲間が加わった。




