表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/225

アンジュの決意

 アンジュはミシェルと会った。過去自分の魔法によって、足の自由を奪い喉を焼いてしまった友人。二人は久方ぶりに再会し、手を取っていた。


「ミシェル、久しぶりね」

「ええ本当に。もう会いに来てくれないかと思った」

「ごめんなさい、私勇気が出なくて…」

「冗談よ。何でも真面目に取るのは相変わらずねアンジュ、そうやっていっつもからかわれていたのを覚えてないの?」


 昔を懐かしみ笑うミシェルにアンジュは苦笑いを返した。こうしたやり取りを何度もしたとアンジュも昔を思い出していた。かけがえのない思い出だった筈なのに、時間が経つとそんな大切な事も忘れてしまうものかとアンジュは思った。


「ねえ、少し歩かない?」

「えっ?」

「なあに?私のこれじゃ歩けないと思ってる?」

「そ、そんなこと…」

「これはちょっと意地悪だったね、ごめん。でもこれでも結構自由に動き回れるのよ?子供達と追いかけっこだって出来るんだから」


 そう言ってミシェルは先に動き出した。アンジュはその後をついていった。言うだけあってミシェルの動きは早く、急いで歩かないとアンジュは置いていかれそうになった。


「待ってよミシェル」

「ほらほら!早くしないと置いていくよ!このままじゃあ子供達に負けるよ!」

「何を!こっちは冒険者と一緒に遺跡巡りしてたのよ、負けるもんですか!」


 ミシェルを追いかけるアンジュは自然と笑いが浮かんでいた。そしてミシェルも同様にアンジュに追いかけられて笑いを浮かべていた。この時ばかり二人は一緒に遊び回っていた子供時代となんら変わりはなく、すっかりと童心に帰って心から楽しんでいた。




 結局二人は少し歩くという言葉などまったく無視して走り回った。途中から目的も忘れて、子供の頃によくやっていた追いかけっこを楽しんでいた。どちらからやめようと言うでもなく、二人の体力が尽きた所で遊びは終わった。


 息を荒げて地に転げるアンジュと、車椅子の上で空を見上げるミシェル。二人の額から汗が流れて落ちた。


「こ、これは流石にやり過ぎだったんじゃない?」

「わ、私もそう思う。ごめん、途中からムキになっちゃって」

「ふっ、ふふふっ、そう言えばミシェルはいつもそうだったね。何やっててもいっつもムキになって、負けず嫌いで、勝つまでやめないって平気で言うんだから」

「だって悔しいんだもん。もうちょっとで勝てるって思うとやめられなくって」

「そうね。ミシェルはいつもそう言ってた。私は、そんなあなたに憧れていた」


 アンジュのその言葉を聞いて、ミシェルは驚いた顔でアンジュの方を見た。地に大の字になったまま、アンジュは言葉を続けた。


「私は正直、何事も程々でいいやって思ってた。別に誰が見てる訳でも、誰に褒められる訳でもないし、一生懸命やる事の意味って何だろうってずっと思ってた」

「…意外ね。アンジュは何でも器用にこなしてたからそんなの知らなかった」

「それは上手にやったように見せるのが上手かっただけよ。適度に手を抜いて、それなりの結果をそこそこの結果に見せかけるのだけは上手かったの。今まで誰にも言った事ないけどね」


 息を整えるとアンジュは上半身だけを起こした。そしてミシェルの顔をしっかりと見据えた。


「でもね、どれだけ誤魔化してもやっぱり手を抜けば最上の結果は得られないの。それでもいいやって私は思ってたけど、ミシェルの何事にも正直で一生懸命な姿は羨ましかった。格好いいなっていつも思ってたのよ」

「そ、そうだったんだ。何か照れるな」


 顔を赤く染めるミシェルを見てアンジュは微笑んだ。


「だから私も、ミシェルみたいになれる何かが欲しかった。それで探したの、私に向いてる何かを。そうして見つけたのがあの魔法の本。私、寝る間も惜しんでその本に夢中になった。書いてある内容は難しいものばかりだったけど、それが尚更私を真剣にさせたの、ミシェルのようになりたいって」

「そう…だったんだね…」

「それであなたのことを傷つけちゃったんだから私は本当に愚か者。自分の力を過信して、私なら皆を助けられるって思っちゃった。その結果、ミシェルから多くのものを奪ってしまった」


 アンジュは体を丸めるように膝を抱え込み、ギュッと体に力を込めた。下を向き、くぐもった声でミシェルに言う。


「本当にごめんなさい。私は…」

「やめて」


 言葉の途中でミシェルがそれを遮った。そして代わりに言葉を続ける。


「何度も言ったと思うけど、あの時アンジュが助けに来てくれなかったら私達は全員助からなかった。子供の時の私でもそう思ったし、今こうして振り返ってみても間違いなくそうだって言える。あの場所は見つけにくいし、実際冒険者の人だって目印がなかったら見つけられなかったと思う」

「でも」

「でもじゃない。でもじゃないのよアンジュ。あなたが助けた命はでもで片付けていいものじゃあないの。私は確かに足を失って声も昔のようには出せない。だけど生きてる、生きてるのよアンジュ」


 ミシェルは車椅子から体をぐーっと乗り出してアンジュの腕を掴んだ、ギュッと力を込めて握られた手から熱いくらいの温もりがアンジュには感じられた。


「ほら、生きてるから私あなたにこうして触れる事が出来る。生きてるからまたお喋りする事が出来る。生きてるからあなたに感謝を伝えられる。分からないようだから何度も言うわ。ありがとうアンジュ、あの時私達を助けてくれてありがとう!」

「っ…!」


 言葉の途中から、ミシェルの声は湿り気を帯びていた。アンジュもまた頬を伝う涙を止めることが出来なかった。


 これまではアンジュが心を閉ざしていて、ミシェルの感謝の気持ちは届くことがなかった。何を言われてもアンジュは救った命よりも奪った未来に自責の念を持っていた。


 しかしこれまで学んできた事や、アーデンとレイアと一緒にしてきた冒険の日々、辛いことも悲しいこともあった。だがその日々の時間が、アンジュの閉ざしていた心の一角をこじ開けさせた。


 ミシェルは車椅子から転げ落ちるようにアンジュに抱きついた。アンジュはそれをしっかりと抱きとめてギュッと力を入れた。


「ありがとう、ありがとうアンジュ。助けてくれてありがとう」

「ごめんねミシェル。受け入れてあげられなくてごめん。弱くてごめんね」


 感謝と謝罪、矛盾しているようなやり取りではあるが、ようやく今二人の心は通じ合った。事故の前と同じように二人は元の親友に戻ったのだった。




 アンジュとミシェルは手を繋いで隣り合って座っていた。そして一緒に話をする中で、アンジュが心に決めた事をミシェルに話した。


「私冒険者になりたいの」

「へえ、どうして?」

「一緒に行きたい人達がいるの。私はその人達と一緒に世界を見てみたい。サンデレ魔法大学校には世界中のあらゆる叡智が集まるかもしれないけど、実際にそれを体験は出来ないわ。冒険者になって、それを見つけにいくの」

「そっか…。ね、その人ってアーデンさんでしょ?」

「うん。ミシェルに孤児院を案内してもらったよね」


 ミシェルは大げさなくらいな動きでうんうんと頷いて見せた。


「あの人ならまあ大丈夫かな、可愛いアンジュを任せても」

「何よそれ」

「私子供より子供っぽく遊ぶ人に悪い人はいないと思ってる。皆アーデンさんとすぐ仲良くなったし、絶対悪い人じゃないよ。そうだったら懐かないもん」

「そう言えばアーデンさん、何であんな泥だらけになってたの?」

「子供達と一緒に泥だんご作ってたの。どれだけ綺麗に作れるか、真剣に競い合ってたわ。泥だんごナンバーセブンなんて名前もつけて」

「あはは…、アーデンさんやっぱりネーミングセンスがないなあ」


 アンジュが呆れたようにそう言うとミシェルは笑った。つられてアンジュも笑う。


「アーデンさんだけじゃないの。もう一人レイアさんって人がいてね、美人で頭もよくて頼りになるんだけど、偶にびっくりするような事したり、人混みの中だと途端に気が小さくなったりするの」


 それからアンジュは、アーデンとレイアについての話をミシェルに懇々と語った。どんな冒険をしてきたか、格好いいと思った所、勘弁して欲しいという愚痴、話しだしたら止まらなくなる程だった。


「アンジュ!アンジュ!もう大丈夫、分かったから」

「あっ、ごめん。夢中になっちゃって」

「いいよ。いい人達に巡り会えたんだね」

「うん!」


 そう返事をしたアンジュを見て、ミシェルはゆっくり口を開いた。


「行っておいで」

「え?」

「行っておいでよアンジュ。きっと楽しいことばかりじゃないと思うけど、心のままに生きていいと私は思う。だから行っておいで」


 ミシェルの言葉を聞いてアンジュはぽかんと口を開けた。それを見てミシェルは首を傾げる。


「どうしたの?私何か変な事言った?」

「あ、いや違うの。ミシェルが院長先生と同じことを言うからびっくりしちゃって」

「なんて言われたの?」

「まったく同じ。行っておいでって」

「そっか、じゃあ院長先生と私のお墨付きな訳だ」

「ふふっ、そうね。ここまで背中を押されて、動かないなんて嘘よね」


 アンジュはすくっと立ち上がった。ミシェルが車椅子に乗るのを手伝い、そしてそれを押しながら言った。


「私行ってくるね」

「うん。行ってらっしゃい」


 二人の間にそれ以上の言葉は必要はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ