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過去と向き合い未来を見る その2

 院長と二人きりになったアンジュは途端に不安にかられていた。隣にアーデンやレイアがいなくなっただけでこんなにも不安になるのかとアンジュは驚いていた。


 自分はすごく弱くなったのかもしれない、そんな風にアンジュが考えていると院長が言った。


「それで、これからどうしたいの?」

「えっ?」


 アンジュは確かに自分のこれからについての話をするつもりでここに来ていた。しかしその事は自分の胸の奥にだけ秘めていた筈、どうしてそれを院長が知っているのかと驚きを隠せなかった。


「ふふっ、驚いてる驚いてる」

「そりゃ驚きますよ。どうしてそれが分かったんですか?」

「あなたね、私が一体どれだけの子を見てきたと思っているの?我が子の考えなんてお見通しなのよ」


 院長は敢えて我が子という表現をした。それはまだアンジュがこの孤児院の子であるという事を示唆すると同時に、自分を母親代わりにして話してみろと促していた。


「…きっと院長先生にはいつまでも敵わないんだろうな」

「そうよ。ここに子供達の声が響く限り、私はずっとあなた達のお母さんなの」


 その言葉にアンジュは微笑んだ。院長先生は変わらないなと思うと、先程までの緊張はすっかりと無くなっていた。


「ところでアンジュ、どうしてあなたそんな不安そうにしていたの?」

「あ、それは…」


 院長にそう聞かれてアンジュは考えていた事を話した。自分が弱くなったかも知れないという話も添えた。


 アンジュの話を聞き終えた院長は、声を上げて笑った。それに戸惑うアンジュに向かって院長は言った。


「それはね、弱くなったんじゃないの。自分の事を一つ理解したのよ。そしてあなたが、かけがえのない仲間を見つけた証だと私は思うわ」

「仲間…ですか…」

「そうね、きっとそう。あなたが一緒にいたいと思える人なのでしょうね」


 それはまさに院長に話そうと思っていた主題だった。アンジュは思い切ってそれを切り出した。


「院長先生。私、冒険者になりたいと思っています。アーデンさんとレイアさん、二人と一緒に伝説の地へと行きたい。二人の力にもっとなりたいと思っているんです」

「…それは大学を辞めるという事だね?」

「そうです。サンデレ魔法大学校とは完全に縁が切れてしまいます。もう孤児院に仕送りする事も出来なくなります。この街を離れて遠くへ行きます。どこまで遠くか分からないけれど、ずっとずっと遠くです」

「そうかい。それで?」

「私は本当にそうしていいのか、その答えがずっと出ないんです。本当に冒険に出ていいのか、それを決められずにいます。院長先生、私は一体どうすればいいのでしょうか?」


 悲痛な叫びにも似たアンジュの言葉、院長はそれを黙ってしっかりと聞いた。聞いた上で、アンジュに対する答えを院長は伝えた。




 アーデンはミシェルの車椅子を押して歩いていた。その申し出をミシェルは最初断ったが、アーデンがどうしても押したいと頼み込んだ。


「本当にいいんですか?私、自分で動けますよ?」

「いやいや、これは俺のわがままだからさ。ごめんだけど押させてくれない?不愉快だったり危険だったらすぐ止めるから」

「不愉快だなんてそんな事はありませんけど…」

「ならお願い!やらせてくれないか?」


 アーデンがそう言うのでミシェルは頼みを受けた。変わった人だなと最初ミシェルは思ったが、車椅子を扱いなれているのと同じくらい押され慣れてもいたので抵抗感はなかった。


「ここはリモの実を栽培している畑です。ここで取れる量はそれほど多くないので、パラリモの仕込みに使うのは他所の畑で採れた実ですが」

「おおこれがリモの実かあ。パラリモは初めての味だったけど、一口飲んだらすっかり気に入っちゃったよ」

「それは何よりです。サンデレ魔法大学校以外に目立ったものが少ないトワイアスですが、こうした名産品もちゃんとあるんですよ」


 それからもアーデンはミシェルの車椅子を押しながら孤児院を見て回っていた。途中では子供達から遊びに誘われて一緒になって遊び回り、どれだけ綺麗な泥だんごを作れるかという競争では、子供達に負けん気を見せ誰よりも土まみれになった。


 真剣になって子供達と遊ぶアーデンの姿をミシェルは眺めていた。優しく微笑み、来客に喜ぶ子供の姿を見て過去の自分と重ね合わせていた。ここにアンジュがいたなら、きっと昔の話で盛り上がっていただろうとミシェルは考えていた。


 しかしミシェルはため息をついて諦めた。どれだけ自分が気にしていない、命を救ってくれて感謝していると伝えてもアンジュはそれを受け入れてくれなかった。自分は彼女から避けられているとミシェルは思っていた。


「ミシェル!」

「あっはい、何ですか?」


 いつの間にかミシェルの前にはアーデンと子供達が集まっていた。


「見ろ!俺の泥だんごナンバーセブンの方が丸いよな!?」

「ミシェル姉ちゃん、僕のやつの方が綺麗だよね!」

「大体アーデンの泥だんごは二個目だろ、何でナンバーセブンなんだよ」

「格好いいからに決まってるだろ?見ろこの艶!照り!」

「ねえねえ、私の方がよく出来てるよね?」


 アーデンと子供達は泥だんごの出来をミシェルに見せる為に集まって、一斉にそれぞれの作品を自慢し始めた。一気に目の前が騒がしくなり、子供と張り合うアーデンの姿を見てミシェルはぷっと吹き出し、そのまま笑った。


 しかしあまりに面白くて笑い声の声量を大きくしすぎたミシェルは、喉の刺すような痛みで咳き込んでしまった。アーデンも子供達も、手に持っていた泥だんごを捨ててミシェルに駆け寄った。


「ミシェル大丈夫か?」

「ええ…、ゴホッゲホッ、ごめんなさい。あんまり面白くってつい笑ってしまって」

「本当に大丈夫?ミシェル姉ちゃん」

「ええ大丈夫よ。それより皆、泥だんごはよかったの?」

「また作ればいいよ。そんな事よりミシェルお姉ちゃんの方が大切だもん」


 心配そうに見つめてくる子供達を何とか宥めすかし、ミシェルは「いいから遊んでおいで」と促した。それでもまだ不安そうにしている子供達にアーデンが言った。


「大丈夫!俺がついてるから皆は行って来い!」

「えー、アーデンで大丈夫かなあ?」

「まあいないよりマシだろ」

「そうそう。使えるものは何でも使わなきゃ」

「お前らなあ…」

「嘘だって。ミシェル姉ちゃんを頼んだぞアーデン!」


 子供達はひとしきりアーデンをからかった後、蜘蛛の子を散らすようにバーっと走っていった。クスクスと小さく笑っていたミシェルはアーデンに言った。


「ごめんなさいねアーデンさん。でも初対面の方にあれだけ心を許すのは珍しいんですよ」

「いや、謝る事ないって。ここにいる子達は皆元気で優しいね、だから俺もスッと輪の中に入っていけたよ」

「それはきっと院長先生のおかげだと思います。例えいつか一人になっても生きている力を身に着けて欲しいと願っている人ですから」


 逞しく社交的で手に職があり、集団生活にもすぐに混ざることが出来るようにする。それが院長先生の子供達に対する方針だった。この孤児院では、パラリモ製造だけでなく、様々な職業訓練が受けられるようになっている。


「そっか、皆の為に未来の事を考えてくれているんだね」

「きっとそうでしょうね。それにここにいる子達も、いつまでもここに居る事は出来ないと分かっていると思います。皆聡い子ですから」


 きっとそうなのだろうとアーデンも頷いた。大人と子供が互いに未来の事を考えているからこそ、この孤児院の子達は明るく元気で逞しいのだとアーデンはそう感じた。


「さ、アーデンさんこっち来てください。手も顔も土で汚れ放題ですよ?」

「え?あっ本当だ。夢中になってたから気が付かなかった」

「ふふっ、今案内しま…」


 ミシェルの言葉が止まったのでアーデンはどうしたのだろうと顔を上げた。そしてミシェルの視線の先に、アンジュと院長がいるのを見つけた。


「アンジュ…」

「ミシェル、久しぶり」


 二人がゆっくりと距離を縮めるのを見て、アーデンはスッと身を引いた。院長も同様に邪魔をしないようにと、二人から離れてアーデンに近づいた。


「さっ、ここからの案内は私が変わるわ。まずはその手と顔をどうにかしないとね」

「どうもすみません。お願いします」


 そうしてアーデンと院長は、再会の邪魔をしないようにそこから立ち去った。残された二人は、手の届く距離まで近寄ると自然と互いの手を取り合うのだった。

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