過去と向き合い未来を見る その1
サラマンドラは俺達に言った。
「これから貴様らを元の石祠の所へと帰す。よいな?」
「ああ、よろしく頼むよ。二人もいいよな?」
俺がそう聞くとレイアとアンジュも頷いた。同意を確認すると、サラマンドラも頷いた。
「おおそうだ、忘れる所であった。アーデン、帰ったらブラックの手記を開いてみるといい。あいつから託された伝言を残しておく」
「父さんの?うん、分かった。ありがとなサラマンドラ」
「こちらこそ、よい語らいであった。お前達の夢、叶う事をこの我も願っている」
段々とサラマンドラの姿が遠くなっていく、景色が白んで目の前が見えなくなったかと思うと、俺達は石祠のあるシャン炎山の山中にいた。
サラマンドラがいたあの謎の空間はすっかりと消えていて、木々の葉がサワサワと風で擦れる音が聞こえている。もう一度石祠に触れてみるも、もう一度サラマンドラの所には行けなかった。
「何だか不思議な体験だったな…」
「でも夢や幻の類いじゃないわよ」
レイアが手のひらを広げると、ボッという音と共に消えずの揺炎が灯った。俺もファンタジアロッドを手に取ると、氷を思い浮かべてみる。すると白く刀身が光り冷気を纏った。渡された力は本物だ。
「俺達本当にサラマンドラに会ったんだな」
「信じられないけど本当よ。ね、アンジュ?」
声をかけられたアンジュからは返答がなかった。呆然と立ち尽くしているアンジュにレイアがもう一度話しかけると、やっと気がついたのか「はい」と返事した。
「ご、ごめんなさい。何か言いました?」
「どうかしたの?」
「…ちょっと考え事をしてまして、本当にごめんなさい」
「いや謝る必要はないけど、何かアンジュがそうなるのは珍しいわね」
「確かにな、もし具合が悪いならすぐに言えよ?」
「はい、ありがとうございます」
どこか上の空のままでいるアンジュは気になるが、問題ないと本人が言うのでそれ以上深くは聞かないようにした。聞いてほしくなさそうだし、聞いてほしいなら自分から話すだろう。
頭の整理が追いつかない事も沢山あるが、取り敢えず暗くなる前に下山しようと決めた。サラマンドラの所にいた時間が意外と長かったようで、日はもう傾きかけている。
シャン炎山を下りて里に戻る、山の事を教えてくれたお婆さんの家を尋ねると、最初に会った男の子が出迎えてくれた。
「おかえりー!もうお山はいいの?」
「ああ、用事は済んだよ」
お婆さんにどこかで野宿してもいいかと聞くと、外で寝るより泊まっていけと言われてしまった。そこまで面倒かける訳にはいかないと一度は断ったが、いいからと押し切られた。
一宿一飯の礼をと何か手伝える事はないかと聞いたが、これもいいからと断られた。何から何まで全部面倒を見てもらって、温かくて美味しいご飯を出してもらい、熱い風呂をいただいた。
いくらなんでも申し訳ないと伝えたのだが、滅多に来ない客人であることと、世話を焼くのが好きだからと言われた。実際お婆さんはいきいきとしていて、こんなに沢山家に人が集まったのは久しぶりだと笑っていた。
男の子の両親は、里に住んではいるが出稼ぎで街に暫く出るようで、帰ってきてもまた長く街に出てしまうらしい。いずれ男の子を連れて外へ出てしまうだろうとお婆さんは寂しそうに語っていた。
レイアとアンジュは男の子の遊びに散々付き合った後、疲れたのか三人で一緒に気持ちよさそうに寝ていた。
俺はというと畑仕事から帰ってきたお爺さんの晩酌に散々付き合わされ、お爺さんが酒で潰れるまで続いた矢継ぎ早な雑談に相槌を打ち続けた。若者と話すのが楽しくて嬉しかったのだろうと介抱していたお婆さんは言った。
翌朝、お世話になった事にお礼を言って俺達はシャンの里を出た。山へ入る時、里から出る時、同じ様に手を振って見送られるのは何だかとても嬉しかった。
「何だか色々あったなあ」
「ね、でも楽しかった」
ゴーゴ号を運転する俺の後ろでレイアが言った。それに俺も頷いて同意する。
「アンジュ、揺れは大丈夫か?」
サイドゴーゴ号に乗るアンジュにそう声をかけるも、また何か考えていたのか上の空だった。キャーキャー楽しそうに叫ぶ声が聞こえないのはちょっとつまらないが、まあいいかと俺はゴーゴ号を走らせた。
トワイアスの街へと戻ってくる。レイアは早速サラマンドラから貰った消えずの揺炎を調べると言って宿へと走っていってしまった。多分ずっと調べたくてうずうずしていたんだろうなあとそれを見送る。
取り残されてさあどうしようなかと思っていると、後ろにいたアンジュが声をかけてきた。
「あのっ!ちょっといいですか?」
「どうした?」
「ええと、その、アーデンさんに着いてきて欲しい場所があるんです。一緒に来てくれませんか?」
不安げな表情でそう言うアンジュは、緊張しているのか両手をギュッと握りしめていた。それを見て俺はふっと頬を緩めると、アンジュの頭にぽんと手を置いた。
「そんなに不安がらなくてもいいって、もう俺達仲間だろ?一緒に行くよ」
「…ありがとうございます」
「で、場所は?」
「私がいた孤児院です。それと、私が起こした魔法の事故の被害者である親友のミシェルの所へ行きます」
黙って前を歩くアンジュの後に続く、会話は、多分振っても返ってこないだろう。どう考えているのかは分からないけれど、行くと決めた事に相当の勇気が必要だったのは分かる。
暫く黙ってついていくと、トワイアスの街の外れにその孤児院はあった。子供達が楽しそうに遊ぶ笑い声が聞こえてくる、想像以上に明るくて雰囲気のいい孤児院だった。
しかしその楽しそうな雰囲気とは裏腹に、アンジュの表情と雰囲気は暗く重いものだった。ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「アンジュ、どうするんだ?」
俺がそう聞くとアンジュが肩をびくっと震わせた。驚かせたのは悪いことをしたが、このままここで立っている訳にもいかない。
「…実は大学に入学してから殆どここに帰ってきていないんです。大切な我が家だった筈なのに、どうしてこうも緊張してしまうのでしょうか…」
事故の経緯を聞いていた俺は、アンジュがそう思うのも仕方がないというのも分かる。大切にしていた場所を、自分の手で危険な目に遭わせてしまった。その事実がアンジュを苦しめるのだろう。
「なあ、どんな理由があってここに来たかったのか俺には分からない。分からないけど、それでアンジュが苦しい思いをするなら俺は嫌だな。行かないってのも選択肢の一つじゃないか?」
俺の言葉にアンジュは俯いて考え込んだ、しかし首を横に振ると頭を上げて言った。
「心配してくれてありがとうございますアーデンさん。でも、これは私が決めた事で必要な事だから行きます。私のわがまま聞いてくれますか?」
「こんなのわがままにもならないよ。レイア見てれば分かるだろ?」
そう俺が笑って言うとアンジュも笑顔で返してくれた。少し雰囲気が和らいだ所で、俺とアンジュは孤児院へと向かった。
「まあ!アンジュ!アンジュじゃないの!久しぶりねえ、元気にしていたの?」
「ご無沙汰しています院長先生」
迎えてくれた老齢の女性がこの孤児院の院長のようだ、俺はアンジュの隣で頭を下げて挨拶をする。
「はじめまして。俺はアーデン・シルバー、冒険者です。アンジュさんには、テオドール教授からの紹介で活動の助力をしてもらっています」
「あらあらご丁寧にどうもありがとうね。アンジュはご迷惑をおかけしていないかしら」
「そんな。いつも助けてもらってばかりで申し訳ないくらいです」
俺が院長先生とそんな会話を交わしていると、顔を赤くしたアンジュが割って入ってきた。
「そんな話しはいいから!」
「そんな恥ずかしがることないじゃない。ちゃんとやってるみたいで私は安心したわ」
「ええ、それはもう」
「アーデンさんっ!私は院長先生と話があるので!ちょっと待っててもらっていいですか!?」
恥ずかしがるアンジュが面白くてつい悪ノリしてしまった。院長先生もはいはいと笑いながら言うと、アンジュを先に院長室へと通した。
「アーデンさん。私がアンジュと話している間によかったら孤児院を見ていってください」
「いいんですか?それなら是非」
「よかった。ちょっと待っててくださいね」
院長先生が人を連れて戻ってきた。キィキィと車輪の軋む音と一緒に。
「こちら孤児院で職員の手伝いをやってもらっているミシェルです。彼女がご案内します」
「ミシェルです。よろしくお願いします」
車椅子の上で手を差し出したミシェルという女の子、かすれた小さな声、ロングスカートの裾から少しだけ見えた火傷の痕。
「アーデンです。ミシェルさん、よろしく」
柔らかい手を握って握手を交わす。にっこりと微笑みかけてくる彼女が、アンジュの親友で事故の被害者となった子であるのは予想に難くない事だった。




