アンジュの固有魔法 その2
アッシュジャイアントに風穴を開けたのはアンジュの下級魔法だった。下級魔法の炎弾、それは本来アッシュジャイアントには届かない威力しかなかった。
それが今、灰すら焼き尽くす灼熱と音すら置き去りにする高威力の魔法に変わっていた。アンジュの固有魔法ブースト、それは今発現したものではない。過去事故を起こしたあの時には、すでにアンジュの固有魔法として発現していたものだった。
アンジュの扱う魔法は、どれも下級魔法ながら威力が高かった。それはアーデンも一緒に活動している中で分かっていたことだった。しかし魔法の威力や効能にも個人差がある。アンジュのそれも個人差の範疇だとアーデンは思っていた。
しかしそれはまったくの見当違いで、アンジュはすでに固有魔法を獲得していたのだった。
幼い頃、何の知識も偏見も持たず自分一人で始めた魔法の勉強。出来ることが増える程楽しかった。扱える魔法の種類が増える度心が躍った。子供の純粋な心が、真っ更だった知識の下地が、その魔法を構築させていった。
助けたいという気持ちがブーストの力を更に強めてしまった。それが暴走という形で発現し、魔法の制御を失わせた。しかしアンジュにそれを知る由もなく、自分がただ未熟で愚かだったと思い込んでいた。
サンデレ魔法大学校で学んだ正しい知識が、ひたむきに取り組んだ研鑽の日々が、アンジュの固有魔法を完全なものとした。テオドール教授がアンジュに言ったことが正しかったと証明された。
しかしアンジュの心を縛り付けていた過去の事故、それが固有魔法の完成を妨げていた。殻に閉じこもったままではアンジュはいつまでもこの魔法には至らなかっただろう。
だが今一度、助けたいという気持ちを強く持ち、事故を起こした時の記憶をアンジュは敢えて呼び覚ました。自分が構築した術式を見直し、学校で学んだ知識で精査し、研鑽された技術を用いて固有魔法ブーストを完成させた。
「もう私は迷わない。夢に向かって一歩踏み出す時が来た。命を弄んだあなたを許さない、覚悟しなさいロタール」
「小娘如きが俺様を見下すんじゃあねえッ!!」
互いに杖を向け合うアンジュとロタール、決着の時は近づいていた。
ロタールは燐命の錫杖を打ち鳴らしアッシュジャイアントを作り直すことを試みた。しかしそれを察知したアンジュはすぐさま魔法を詠唱した。
『ブースト・氷波!』
放たれた冷気にアッシュジャイアントの全身は一瞬で凍りついた。これでは灰を再集結させることが出来ない、だがロタールも動いた。
「その程度の氷造作もないぜ!」
錫杖を振ると強烈な火柱が凍りついたアッシュジャイアントを包み込んだ。氷は溶け、再びアッシュジャイアントの灰は露わになる。火だけで言えば錫杖を持つロタールの方が威力も何もかも高いものが扱えた。
ただし、それはロタールが秀でているのではなく、燐命の錫杖というアーティファクトが優れているだけの事だ。アンジュは氷が溶けて水が染み込んだ灰に魔法を放った。
『ブースト・雷撃!』
水分をたっぷり含んだ灰の塊に威力が高まった電撃に襲われた。今度は一部だけを焼き尽くす火力ではない、全身くまなく電気で焼かれた。灰はすっかり燃え尽きてしまい、もう一体分のアッシュゾンビも作れなくなった。
「テメエ、最初からこれを狙ったのか…?」
「燃やすだけが能じゃないんですよこっちは」
手駒を失ったロタールに取れる手段はもう自分が戦闘に出るしかない。まだ錫杖の超火力がある、小娘一人焼き付く事など容易いとロタールは考えていた。
「あなた私一人くらいなら簡単に焼き殺せるなんて思ってます?」
「なっ!?」
心を読まれたロタールは狼狽えた。アンジュは肩を竦めてため息をついた。
「本当に馬鹿でしたねロタール。私はそもそも一人で戦っていません」
「は?」
次の瞬間、ロタールの手から錫杖が離れた。アーデンがファンタジアロッドをこっそりと伸ばして、二人の戦いの隙をついて巻き付けて引っ張り上げたのだった。
「私に挑発されて時点でもうアーデンさん達は動いていましたよ。数の優位が無くなった事をすぐに察するべきでしたね」
錫杖を奪われたロタールを冒険者達が囲んだ。死角を移動して、気取られない場所に位置取り、アーデンが錫杖を奪うタイミングを見計らっていたのだ。
ロタールのその後は語るまでもなかった。アンジュは杖を仕舞うとアーデンとレイアに合流した。後の事は冒険者達に任せておけばよかった。
「アーデンさん!レイアさん!」
「アンジュ!」
「こっちこっち!」
戦いが終わり三人は集まった。目的は燐命の錫杖だった。思いがけない形ではあったが、竜の手がかりを手に入れる事が出来た。
「手記の方はどうですか?」
「今出すよ」
アーデンは錫杖を手に手記を取り出した。これまで竜の手がかりを触れた時と同様に光り輝いていたが、ページにはまだ記載が増えていなかった。
「何だ?光ってはいるけど…」
「今回は時間がかかるのかな」
「どうなんでしょう?記載の増え方にどんな規則性があるのかは分かってませんからね」
三人で話し合っていると、ミィナが近づいてきた。
「あの、少しよろしいですか?」
「どうしました?ミィナさん」
「今アーデンさんが手にしているそのアーティファクト、こちらで預からせていただきたいのです」
今回の騒動のきっかけとなった燐命の錫杖、騒ぎの大きさと出した被害からそのままという訳にはいかなかった。特に冒険者ギルドとしては特定の個人に所有させておく事は避けたいと思っていた。
アーティファクトの取り扱いは揉める事が多い、強大な力でもあり、莫大な富を生むものであるからだ。ミィナはこじれる覚悟をしていたが、アーデンはあっさりと言った。
「あ、じゃあお願いします」
アーデンはミィナの手にあっさりと錫杖を渡してしまった。ミィナはぽかんと口を開けた。
「あ、あの、い、いいんですか?」
「何がですか?」
「だってこれ、とんでもない武装型アーティファクトですよ。手に入れないとしても分前の要求とかそれこそ…」
「ああ、いいんですいいんです。俺達錫杖には興味ないんで」
「でも後でじっくり見せてもらえますか?私は仕組みとか気になるんで」
レイアはそう食いついたが、報酬を要求したりはしなかった。単純な好奇心しかなかったからだ。ギルド職員としては助かる限りであったが、本当にいいのだろうかと逆に困惑してしまった。
「あのうミィナさん」
そんなミィナにアンジュがこそっと声をかけた。
「あの二人は本気で分前とかそんなの考えてないんで、気にせず持って行ってください。で、もし扱いに困る事があったら魔法大学のテオドール教授を尋ねてみてください。恐らく力になれるかと思います」
「えぇ…本気ですか?」
「本気です。じゃあお願いします」
ミィナにそれだけ伝えるとアンジュはまたアーデン達の元へ戻った。彼女もまた。アーデン、レイアと同じくアーティファクトが生む富には興味がない人だった。
ある遺跡漁りが偶然力を手に入れた。そして力に溺れた。
沢山の犠牲者を出した事件だったが、勇敢に戦った冒険者達の活躍によって事件は解決した。
カ・シチ遺跡をたった一人で占拠する力のあるアーティファクトは、冒険者ギルドによって一時的に保管され、サンデレ魔法大学校のテオドール教授の助言を受け管理される事となった。
遺跡に積もった灰はすっかりと消え去り、いつしか元の様子に戻っていく。しかし時々、作戦に参加した冒険者はカ・シチ遺跡を訪れた。そして花を手向けると散っていった命に思いを馳せ、祈りを捧げるのであった。




