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アンジュの固有魔法 その1

 戦いの最中アンジュはずっと思考を巡らせていた。戦況を見極め、状況を打開する為に何が必要なのか、そして薄々分かっていた認めたくなかった事実。


 今この戦いの場で一番役に立っていないのが自分だと言うことをアンジュは自覚していた。アッシュゾンビは下級魔法で処理出来ても、その奥にいるロタールにまで攻撃は届かない。


 威力不足。それが如実に現れていた。


 アーデン、レイア、そして残った冒険者達の奮闘ぶりは凄まじく、何度も復活するアッシュゾンビ相手に一歩も引かない戦いぶりを見せていた。怒りと覚悟、その強い思いが彼らの力を最大限に引き出している。


 しかし多勢に無勢、アッシュゾンビを制することは出来ても、アッシュゾンビを巧みに肉盾として使い、奥で安全な場所から攻撃を加えてくるロタールまでには届かなかった。


 アーデン達もアンジュと同様に、火力不足に悩まされていた。


 ただし、誰一人として諦めの心を持つ者はいなかった。それぞれ武器を取り、勇敢に敵に立ち向かっていった。アッシュゾンビの攻撃を受けた冒険者が、ロタールによって焼き殺されたのを目にしても尚、怯むものはいなかった。


「ヒャハハハッ!!そこだァッッ!!」


 ロタールは僅かな隙を狙って燐命の錫杖による火炎攻撃を放つ、それを防ぐ為にアンジュは魔法を詠唱する。


『水壁!!』


 水柱が立ち上り壁が出来上がる。その壁が火炎攻撃を受け止めるも、威力を弱めるだけに留まり消し去ることは出来なかった。冒険者は威力は弱まったとは言え、強力な火炎攻撃を必死に防御した。


「くっ…!!」


 アンジュは自分の力不足を実感していた。そしてそれを情けない、申し訳ないと思っていた。しかし、水壁によって守られた冒険者はアンジュに言った。


「嬢ちゃん助かった!また頼むぞ!」


 冒険者はアンジュの力不足を責めたりしなかった。寧ろ心から感謝し、アンジュの健闘を称えた。それがまたアンジュの心にずしりとのしかかる。


 この戦いだけではない、アーデン達との冒険の最中でもずっとそうだった。それどころか、平時でも同じものをアンジュは見ていた。


 魔法を唱えて行使する度、アンジュの目には親友を焼いた自分の魔法が目に映っていた。


 トラウマが枷となり、アンジュの持つ本来の才能と技術を過剰なまでに抑制していた。初級魔法しか使えない理由は、自らの心がアンジュを縛り付けているからだ。




 思考の奥底、心の中、アンジュは昔テオドール教授としたとある会話を思い出していた。そんな余裕もない筈なのに、アンジュの思考は分割され、両方が同時に進行していた。


「アンジュ、君は初級魔法しか使えないことをどう思っている?」

「…何ですか急に?別に私上級魔法も使えますけど」

「そりゃハリボテ相手には使えるさ、でも君は人や生物を対象にした上級魔法の行使は出来ないだろう?」


 教授に自分のことを見抜かれたアンジュは不愉快そうに眉を顰めた。


「確かにそうですよ。出来ませんよ。でもそれが何だって言うんです?必要なんですか?魔法の研究にそれが必要ですか?必要ないでしょう」

「ムキになって否定する所を見るに自覚はしているようだね。やっぱり君の目にはまだあの日の光景が焼き付いているのか」


 忘れられる訳がない。忘れたくもない。自分の未熟な感情と技術で友人の未来を奪った。その咎をアンジュは背負い続けると決めていた。


「私は…、私にはそれを忘れることは出来ません。そしてこれを消したいとも思わない。自分にとってこれは戒めです」

「じゃあアンジュは生涯初級魔法しか使えなくてもいいと思っているのかな?」

「いいですよ。必要な時に必要なだけ上級魔法は使えればいい。別にそれでいいでしょう?」


 アンジュの言葉を聞いて教授はフッと笑った。その笑みの意味はアンジュには分からなかった。馬鹿にしていたのか、呆れていたのか、それともまったく別の意味だったのか。


「魔法ってのは可能性に満ちた未来を作る力だ。私達が学ぶものは確かに古い、効率だってよくないし、代替になる技術は日々開発されていく。それでも魔法は未来を見据えた力なんだよアンジュ。その可能性を自ら閉ざす君に、果たして先があるかな?」

「…留意しておきます」

「ああ、存分に留意しておきたまえ。いつか君は自分の可能性の殻を破る必要が来る。その時過去に引きずられて歩みを止めるのか、それとも未来に向けて一歩踏み出そうとするのか、私はそれを楽しみにしているよ」


 テオドール教授はそう言うとアンジュの頭を優しく撫でた。それはアンジュが実際に感じたことがない父性を感じさせるものだった。娘の成長を望み、それを喜ぶ、確かな父性だった。


 しかしアンジュはその時その手を払い除けた。それ以上に厄介な問題があったからだ。


「それはいいですけどね教授。あなたの名前を出して大学に乗り込んできた女性がいるんですよ、また女性に…」

「ハッハッハ!アンジュ、私は急に腹痛に襲われた。このままでは腹が破裂する。上手いこと皆にそう言っておいてくれ」


 アンジュが止める間もなく教授は大学3階の窓から飛び降りて逃げ出した。後始末はまた自分かとアンジュはため息をつくのだった。


 どうしてこんな時にこんな話を思い出したのだろうか、覚えていたのが驚きなくらい日常の何気ない会話の一つだった。でもアンジュはこの会話を今思い出した。それに意味があると思った。


 未来、可能性、自分を閉じ込める殻、先に進めるのか戻るのか。未来、レイアに語った自分の夢、可能性を閉ざすのか開くのか、今自分がどうするべきか、どうしたいのか。


 皆を助ける力が欲しい。今自分が持てる力を使って、可能性の殻を破りたい。心に刻まれた記憶と傷は消さないけれど、それでも未来に歩みを進める時が来た。今ここが自分にとっての分水嶺だとアンジュは思った。




 ロタールは焦りを覚え始めていた。押しているのは自分であったが、押しきれずに耐えられているのも事実だった。このまま時間を稼がれれば、必ず増援がやってきて数の有利はひっくり返される。


 引き際を間違えたことは分かっていた。しかし手にしたことのない圧倒的な力、有無を言わさない暴力、それを手に入れて力に魅了され溺れた。ただ抗えなかった。今までずっと日陰で生きてきた自分が、夢や目標をもって遺跡に挑戦する冒険者達を蹂躙出来る。それが気持ちよくてたまらなかった。


「カアアッ!!集まれ灰共!!」


 錫杖をくるりと回転させジャリンと音を鳴らし地面を叩いた。今まで冒険者の相手をしていたアッシュゾンビ達は灰に戻り、ロタールの前に集まり始めた。


「何だ?」

「灰が…、一塊に集まっている?」


 ロタールの前に積もった灰は、どんどんその形を変えていき巨人のような姿になった。赤く光る単眼が顔の中心にギョロリと開き、アーデン達を見下ろした。


「どうだァ!!これがアッシュゾンビの最終形態、アッシュジャイアントだッッ!!」


 高笑いするロタールに合わせてアッシュジャイアントが拳を地面に振り下ろした。地面は砕け、部屋は衝撃で揺れた。天井からぱらぱらと破片が落ちてくる。


「ハッハァッッ!!これが俺様の手に入れた力だ!!誰にも負けない、圧倒的な力だァッ!!」


 錫杖を振り回しながら狂ったように笑うロタール、アッシュジャイアントの前になすすべなしと勝利を確信した。


 しかし次の瞬間、ロタールの背後の壁が爆発した。耳をつんざく轟音を間近で聞いたロタールは、耳を手で抑えて何が起こったのかとキョロキョロと辺りを見回した。


 そして気がつく、目の前のアッシュジャイアントの体に大きな風穴が空いている。ぐらぐらと足をよろめかせ、アッシュジャイアントはドスンと地面に尻もちをついた。


 ロタールはすぐに穴を塞ごうとした。しかしアッシュジャイアントの体は元に戻らなかった。何故か。灰すら残さず焼き尽くされたからだった。


 一体誰がとロタールは思った。その答えはすぐに出た。冒険者達は端に避け、アンジュが魔法を放つ為に射線を開けていたからだ。


『ブースト・炎弾』


 アンジュが放った魔法は下級魔法だった。しかし威力はまったく異なるもので、上級魔法でさえも遥かに凌駕する威力だった。


「これが…私の答え…。固有魔法ブースト」


 アンジュはそう呟いた。手に入れた夢への一歩、その力を今皆を守る為に使われる。

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