カ・シチ遺跡奪還戦 その1
カ・シチ遺跡に居座る遺跡漁り討伐の特別作戦が始まった。相手に悟られることのないように作戦の開始タイミングは水面下で決定され通達された。
いつでも作戦に参加出来るように準備はしていたが、やはり突然訪れたその機会の前には緊張してしまう。そんな時、俺は肩をぽんと叩かれた。
「アーデン、気負いすぎても仕方がない。我々は我々の仕事をするまでのこと」
「ジョアン。そっか、そうだな。ありがとう」
「気にするな、俺も緊張していたんだ、もっと緊張している奴を励ましたらそれも吹き飛んだ。お互い様だ」
ジョアンのおかげで俺もすっかり固さが取れた。緊張感は保ったままに、割り当てられた仕事はきっちりとやる。いつもの依頼と変わりない。
「レイア、アンジュ、二人は大丈夫か?」
「ん?問題なし。さっさと始めて欲しい」
「こちらも大丈夫です」
アンジュは少し緊張気味だったが、レイアは全然そんな様子がなかった。昔から変な所で肝が据わってる奴だな、人混みではあんななのに。
「カナ、お前も大丈夫だな?」
「うん。アンジュと一緒にサンデレ魔法大学校に行って、魔法道具も借りてきた。これで禁忌魔法の使用されたかの判断が出来るわ」
カナとアンジュはいつの間に仲良くなったのか、一緒に大学に赴いて、伝手を使い魔法道具を借りてきていた。どうやって仲良くなったのかが気になるが、手際がよくて助かる。
「ミィナさん、指示出ました?」
俺はミィナさんを見て聞いた。
「いえまだです。アンジュさん、カナさん、魔法道具の使用方法は?」
「禁忌魔法が使われた場合の残留マナの反応を拾うにはある程度近づく必要があります」
「遺跡内に入る必要があるわ。斥候の邪魔になるかもしれないから判断は任せるけど」
ミィナさんは少し考え込んだ後、念話用の魔石を手に取ると額に当てて集中し始めた。斥候班係のギルド職員と話しているのだろう、暫しの沈黙の後魔石をを仕舞ってからミィナさんが言った。
「魔物との戦闘は厳禁で、斥候班とは別ルートで近づきます。情報収集を終えたら即撤収し、その際も戦闘は避けてください」
「じゃあ俺が前に出る。気配察知は得意だ」
「ではアーデンを先頭に、俺が殿に回ろう。アーデンが魔物に集中している間、俺は周囲の安全警戒にあたる」
俺とジョアンがぱっと提案しまとめると、すぐさま行動に移ることにした。階段を下りると、思いもしなかった形ではあるが俺達はカ・シチ遺跡に足を踏み入れた。
先頭を歩くアーデンは、遺跡内の異様な空気、雰囲気を感じ取っていた。酷く気分が悪くなり、一歩一歩が重たく感じていた。
魔物の気配がない。より正確に言えば気配はしても動く気がまったくないのをアーデンは感じ取っていた。
「何かに怯えている?いや、警戒しているのか?」
頭の中でアーデンは考えを巡らせていた。しかし答えは出ない。確実に言えることはアーデン達側から魔物を刺激しなければ、戦闘は避けられるということだった。
アーデンは一度歩みを止め、後に続く皆を集めた。
「理由は分からないけど、魔物がまったく動く気配がない。このまま静かに移動すれば襲われる心配はないと思う」
「何、それは本当か?」
「アーデンの気配なら間違いないわよ。私が保障するわ」
「いやレイア、それだけじゃなんの保障にもなんないから…」
自慢気に語るレイアをアーデンはたしなめたが、アンジュが割り込んで発言した。
「私もアーデンさんの感覚なら大丈夫だと信じています。身内贔屓ではありません」
そうアンジュは断言した。それを受けてカナが言う。
「なら私も信じた。ジョアンもいいわね?」
「…疑うつもりはない、アーデンを信じもする。ただ俺は独自に警戒を続ける、いいな?」
「勿論それで構わない。信じてくれてありがとう」
話がまとまった所でアーデンは視線を送ってミィナに確認を取る。ミィナは深く頷いた。
「皆さんの感覚に頼るのが一番だと思っています。私は異存ありません」
話し合いを終えた後、アーデンは周りに気取られないようにこっそりとレイアの耳に顔を寄せ、小声で耳打ちをした。
「レイア、フライングモって今使えるか?」
「音出るから飛ばせないわよ?」
「いや、飛行も歩行もさせなくていい。探しものがあるって反応だけを見ることって出来る?」
「そりゃ出来るけど、何かあるの?」
アーデンの提案にレイアは怪訝な表情を浮かべた。しかしそれ以上にアーデンが険しい顔をしていたのでレイアは察して言った。
「何か分からないけど気になるのね」
こくりと頷くアーデンに、レイアも応えて頷いた。フライングモを手の中に、竜の手がかりがどこにあるのか反応を見始めた。
アーデンが感じ取っていた不気味な違和感、上手く言語化出来ないまとわりつく不安。
それは魔物の気配はおろか人間の気配すら感じられないというものだった。少なくとも二十人はこの遺跡の一室を占拠している筈、そして話しを聞く限りではそれらが巡回も行っている筈だった。
流石にこれはおかしい。絶対におかしい。だけどどう伝えるべきなのかがアーデンには分からなかった。本来ありえない何かが起きている事態に、理解が追いついていかなかった。
そして思いついたのが竜の手がかりであるアーティファクトの存在だった。消えずの揺炎はグラウンドタートルによって利用されていた。もしかしたらカ・シチ遺跡のアーティファクトも何かが利用しているのではないか、アーデンはそう考えた。
地図を確認しながらアーデンは先頭を進む、緊張から喉が張り付くように乾き、何度も唾を飲み込んだ。
アンジュとカナがアーデンに声をかけた。
「ここまで近づけば魔法道具が使えます」
「私とアンジュで準備するから、周りの警戒はお願いね」
「分かった。任せる」
二人は早速と準備に取り掛かった。残りの人員は辺りを武器を取ると辺りの警戒し、二人の作業が終わるまでの警備に当たる。
「アーデン」
「ん?」
レイアが付かず離れずの距離でアーデンに声をかけた。小声で二人は会話をする。
「反応はある。やっぱり近づいてる」
「ユ・キノ遺跡の時みたいに動いてないか?」
「止まってるよ、動いていたらもっとフライングモが反応する。こんなに手の中で大人しくしていないもの」
アーティファクトが留まっているとなると自分の不安は杞憂であったか、そうアーデンは思った。しかしレイアが続けた言葉にアーデンは驚く。
「ただ、私にもよく分からないんだけど、大きな反応と小さな反応があるみたいなの。大きな反応は竜の手がかりだと思うんだけど、沢山ある小さな反応はなんだろう?」
「数はどれくらい?」
「ううん…。十、いや二十ないくらいかな…」
二十、それは奇しくもこのカ・シチ遺跡を占拠している数と同じであった。言い知れない不安と恐怖がアーデンの心の中に浮かんだ。
「…その顔色の悪さは只事じゃないってことね」
「薄暗いのに分かるのかよ」
「馬鹿ね、どれだけ一緒にいると思ってるんだか」
その軽口でアーデンの緊張は少し和らいだ。フッと軽く口元を緩めると、レイアにもう少し近づいて言った。
「人の気配が全然ないんだ。二十人もいておかしな話だと思わないか?」
「…そう言えばそうね。静か過ぎるわこの遺跡」
「それで思ったんだ、竜の手がかりの特殊なアーティファクト。あれが関係しているんじゃあないかって」
二人がそんな話をしていると、アンジュが「皆さん」と声をかけて全員を集めた。
「調べてみましたが、禁忌魔法が行使された痕跡は見つかりませんでした」
「確実ですか?」
「私だけで調べたら自信もって言えないけど、アンジュと一緒だから間違いない。ミィナさん、禁忌魔法は使われてないよ」
アンジュとカナからの報告を聞きミィナは険しい顔をした。この結果は、先発の討伐隊が自らの意思で遺跡漁りに寝返った可能性を強く示すものであったからだった。
それでもミィナはパッと表情を切り替えた。
「ありがとうございました。この情報はとても役に立ちます。判明した事実をすぐに共有しましょう、一度遺跡から…」
その言葉の途中でミィナの念話用魔法石が淡く輝いた。他の班の職員からのものですぐにミィナは魔石を手に取った。
「…なっ!?ど、どういうことですか!?」
念話に発声は必要ない。しかしミィナは他の班から寄せられた情報に声を上げた。ミィナは焦りを隠さずアーデン達に言った。
「皆さん、今すぐ戦闘班と合流します。何かが起きている、よくない何かが起きています」
その場ではミィナに何が伝えられたのかアーデン達には分からなかった。そして、その先に待っていたものが想像を絶する地獄であることをまだ誰も知らなかった。




