アンジュの話 その1
とぼとぼと後ろをついてくるアンジュに気まずさを感じながら、俺たちは来た時と同じ様にバーネットさんのいる来客用の受付に戻った。またしても部屋におらず、ベルを鳴らして呼び出すと不機嫌そうにのそのそと出てくる。
「ああ、あんた達か。用事は終わったのか?」
「はい。許可証を返却しにきました」
「そこ置いときな、後は勝手にやる」
相変わらず無愛想の塊のような人だ、俺とレイアは首から許可証を外しカウンターに置く。
「じゃあ行くか」
「うん」
俺がレイアにそう話しかけアンジュも後に続こうとした時に、背後から声をかけられた。
「待ちな。あんたテオドールの所の学生だろ、お前の出口はこっちじゃない。あっちだ」
バーネットさんは恐らく正門であろう方向を指差す。しかしアンジュは首を横に振って言った。
「いいえ。今日から私は調査の為に彼らの協力者という形になるので、出入り口に正門は使えません」
「調査?あんたの所がかい?」
「ええ。もう申請は通してあります」
怪訝な顔でこちらを伺うバーネットさん。正直顔が怖いからあんまりここで捕まりたくないのだが、無視して出ていく訳にもいかなかった。
「…フン、そういう事なら文句はない。とっとと行きな」
「言われずともそうします」
吐き捨てるように言うバーネットさんを軽く無視して、アンジュは「行きましょう」と言った。今度は先頭を歩いてどんどんと行ってしまうので、俺たちが後に続く事になった。
門をくぐって外に出てから、アンジュは寄りたい所があるからついて来て欲しいと言った。断る理由もないので了承し後に続くと、学校の少し外れにある雑木林をズンズンと進んでいき、開けた場所に出た。
一体何が起こるのか、もしくは怒られるのか、なんて内心ビクビクとしていると、もっと直接的にびっくりとする事が起こった。
「ああああ!!あのクソ野郎!!勝手に何でもかんでも決めやがってぁぁあああ!!」
腹の底からの叫び声、アンジュはそれを空に向かって吐き出していた。
俺たち二人は木陰に座って、一本の木に黙々と正拳突きを打ち込むアンジュを眺めていた。ぶつぶつと呪詛のようなつぶやき声を遠くに聞きながら、それがいつ終わるのかと眺め続ける。
「ねえアーデン、彼女ってああいうタイプだったのね」
そう話しかけてきたレイアの問いかけに、コクコクと頷いた。おしとやかな見た目で冷ややかな性格かと思っていたが、人は見かけによらないな。
全然タイプは違うが、俺はリュデルの事を思い出していた。あいつも豹変する、というよりも相手を選んで遠慮しない性格だ。ヤなやつの顔が浮かんだなと、俺は蜘蛛の巣に引っかかったように空を手で振り払った。
「しかし相当ストレス溜まってたのかな?」
「どうなのかしら?私達アンジュの事何も知らないから」
うーん確かにレイアの言う通りだ。結局自己紹介でさえ遮られてしまったから、どう話しかけていいものか分からない。切っ掛けがないなあと困っていると、おもむろにレイアが立ち上がってアンジュに近づいた。
「ねえアンジュ、そろそろいい?いい加減私達も飽きてきたんだけど」
そんな言い方したら怒られるんじゃないか、そうハラハラしているとアンジュはフーッと長く息を吐き出してから言った。
「そうですね、すみません付き合わせてしまって」
意外にもアンジュは素直に答えた。それどころか謝罪の言葉まで、もう機嫌はいいのかなと俺も近づいていきレイアの背に隠れるように立った。いつもとは立場が逆だ。
「私レイア。レイア・ハートって言うの。私達の何が気に入らないのか知らないけど、これからよろしくね」
レイアは無茶苦茶言ってからアンジュに手を差し伸べた。そんな言い方して友好的になれるかよと言葉が喉まで出かかったが、またしても意外な返答が返ってきた。
「いえ、あなた達には何の問題も落ち度もありません。すべて私の問題です。教授の人を見る目は確かです。よろしくお願いします」
そう言ってアンジュはレイアの手を握って握手を交わした。ぽかんと口を開けていると、俺の方にも手を差し向けてきた。
「あなたもです。えっと、あの時はお名前も聞かず申し訳ありませんでした」
「あ、ああ、うん。その、俺はアーデン・シルバー。アーデンって呼んでくれ」
やっと自己紹介をする事が出来た俺はアンジュの手を取って握った。どうしてこれで友好的になれたのかさっぱり分からない。
「アーデンさん、レイアさん。宿はどちらですか?」
「え?宿も一緒にするの?」
「勿論です。教授があなた達に協力しろと言ったのですから、それに全力で応えなければいけません。冒険者の流儀はまるで素人ですが、集団行動の基本は抑えているつもりです。では行きましょう」
どっちが彼女の素なのかまったく分からない、俺は混乱するばかりだが、レイアはもうすっかり受け入れているようだった。何故だ、何が違う、俺は自問自答を繰り返しながら二人の後に続いた。
宿屋でもまた一騒動あった。俺たちが一部屋しかとっていなかった事がアンジュに火をつけてしまった。
「どうして一部屋なのですか!!」
「どうしてってなあ?」
「まあ節約よね」
俺とレイアがそう言うと、アンジュは体を震わせて耳をぴくぴくとさせた。
「男女七歳にして席を同じゅうせずと言うでしょう!!お二人共いい年なのですから部屋は分けるべきです!!」
「いやーアンジュの言う事は分かるんだけど…」
「だけど何ですか!?はっ、まさか二人はそういうご関係とか…?それならばいいのでしょうか…。いえ!それでも駄目です!節度がありませんっ!破廉恥ですっ!!」
一体何を想像しているのか、アンジュは顔色をころころと変えながら抗議を続けた。どうしたものかと困っていると、宿屋の主人が大きく咳払いをした後カウンターをドンッと叩いた。
「他の客に迷惑だ。つまみ出すぞ」
その低くどすの利いた声に押されて俺は言った。
「も、もう一部屋空いてますか?」
狭くて小さい部屋だが、もう一部屋何とか借りる事が出来た。最初にとった部屋はレイアとアンジュに使ってもらう事にして、俺はこっちに一人で泊まる事にした。
俺はちょっとだけ固くなったベッドに寝転んで天井を見上げた。頭の後ろで手を組んで、ぼーっと考える。
「アンジュの人となりがさっぱり分からないなあ…」
目下のところそこが一番の問題だった。四竜の手がかりを掴む為には彼女の協力は必要不可欠で、出来ることなら協力して事に当たりたいのだが。
「背中、預けられるかな」
レイアは長い付き合いだから何の問題もなく背中を任せる事が出来る。しかしアンジュは違う、会ったばかりだしどういう人なのかよく知らない。しかも俺には計りきれない行動を取る。
何か事情があるのはもう分かっている。テオドール教授が俺たちに何かを期待しているのも分かっている。四竜以上に何か特別なものがあるのだと思う。
こういう時はどうするか、俺は父さんの手記を取り出してページをめくってみた。何かヒントでもないかと思い、期待はせずただ開いた。
そして見つけた記述に目を見張った。これはいいかもしれない。俺は部屋にいるであろうレイアとアンジュの元へ向かう事にした。




