サンデレ魔法大学校 その2
「あの、シーカーさん」
「アンジュで構いません。敬語も結構です」
前を歩くアンジュは振り向きもせずにそう言った。本人がそう言うのならと俺は遠慮なく呼び方を変えた。
「じゃあアンジュ、自己紹介がまだだったよな。俺は…」
名前を言おうとした瞬間、アンジュはピタッと足を止めて振り返った。急に止まったので後ろのレイアが俺にぶつかった。
「必要ありますか?」
「は?」
「私は教授に頼まれたからあなた達を案内しているだけです。この案内が終われば、私とあなた達が関わる事はもうないでしょう。もう一度聞きます。必要ありますか?」
ツンと鋭い態度に、ピシャリと意見を言い放つ姿。俺は言葉が見つからずうろたえて絞り出した。
「ご、ごめんなさい…」
キュッと絞り出した俺の謝罪の言葉を聞くと、アンジュは踵を返しまた歩き始めた。ただ自己紹介しようとしただけなのに、俺が肩を落としているとレイアが後ろからポンポンと俺の肩を叩いた。
「フラレたねえ…」
「そんなんじゃないっての!」
からかって笑うレイアの手を振りほどき、俺はまたアンジュの後に続いて歩き始めた。
なんだかこの大学に来てからあまりフレンドリーな人に会えていない、門衛さんは実に丁寧で紳士的だったなと思った。バーネットさんもアンジュも正直言って怖い部類だ、どうかテオドール教授はもう少し友好的でありますようにと、俺は心の中で強く願った。
「こちらです。教授、お客様をお連れしました」
アンジュが扉をノックし声をかける。返事を待たずして扉を開けて、アンジュは俺たちを中へと招き入れた。
「おお、待っていたよアンジュ。さ、お客人をこちらへ」
「はい。どうぞお二人共お掛けください」
身なりよく、髪と髭も綺麗に整えられた男性がそこにはいた。彼の人が例のテオドール教授だろう、柔和な雰囲気に優しい笑顔が印象的な人だった。
言われるがまま俺たちは椅子に腰を下ろした。テオドール教授も対面に座る。それを見届けると、アンジュは頭を下げ「失礼します」と手短に言った。
「アンジュ、研究の方は任せるよ。手順は分かるね?」
「勿論です」
「心配いらなかったか。ではよろしく」
もう一度頭を下げたアンジュが部屋を出ていった。テオドール教授はこちらに向き直ると、またにこりと笑いかけて言った。
「初めまして二人共、私はテオドール・グラム。このサンデレ魔法大学校で教授をやっている。まずは君たちの名前を伺ってもいいかな?」
「俺はアーデン・シルバー。ファジメロ王国出身の冒険者です」
「わ、私はレイア・ハートです。アーデンと一緒に冒険の旅に出ています」
互いに自己紹介を済ませると、俺はロゼッタがしたためてくれた書簡をテオドール教授に手渡した。
「失礼、拝見させていただくよ」
テオドール教授は暫く黙って手紙を読みふけっていた。真剣な眼差しで、時に表情を暗くしながら中身を読み進めていく。
読み終わったのかぱさりと机の上にそれを置くと、立ち上がって広い窓から空を眺めた。
「悪いね。ピエールの事はもう聞いていたのだけど、こうして現実を見るとね。やはり寂しい気持ちがどうしても勝ってしまうよ」
「そ、そうですよね」
「ふふっ、無理して同意する事もない。年寄りの感傷だ」
「あ、いえ、そういう訳ではなくてですね。俺も何となくその気持ちが分かるんです。父さんの事を思うと…」
「アーデン…」
父さんが生きていると信じている。信じているとは言え不安で寂しい気持ちがない訳ではない。その真実を知りたいとも、知りたくないとも同時に俺は思っている。
「湿っぽくなってしまったな。そうだ!この前美味しいクッキーを頂いてね、どうせならお茶しながら話を聞こうじゃあないか」
場の空気を変える為かテオドール教授はパンと大きく手を打った。
それから俺たちはテオドール教授と色々な話をした。といってもこちらが聞くのではなく教授がよく質問して、俺たちはそれに答えるというかたちだった。
「アーデン君の名前を聞いた時にまさかとは思ったが、本当に君があのブラック・シルバーさんのご子息だったとはね」
「父の事をご存知ですか?」
「一方的にだがね。私は君のお父さんの冒険譚の大ファンでね、ほぼすべて集めて読んでいるよ」
テオドール教授は懐から杖を取り出した。そして大量に本が詰まっている本棚に向けて杖をかざす。
『来い』
そのたった一言だけで数冊の本が棚から飛び出した。スイっと空中を飛んできて、ぽすっと教授の目の前に置かれた。
「私は特に冒険者ブラック・シルバーの目から見る世界が好きでね。彼の経験や感情から映る情景は非常に興味深いよ」
ウラヘの滝ではお土産に困っていたが、雄弁は銀沈黙は金だ、俺は敢えて言う事でもないと飲み込んだ。
「まあ私の話はこれくらいにしようか。君たちは四竜を探しているらしいね」
「はい。秘宝と伝説の地への手がかりなんです」
「ロゼッタ君の手紙にもその経緯が書いてあった。しかし四竜か、これまたとても興味深いね」
「あの、質問していいですか?」
レイアが小さく手を上げて言った。
「講義じゃないんだ、そんなに堅苦しくしなくてもいいよ。で、何かねレイア君」
「そもそも四竜って何ですか?私お伽噺でもそんな存在聞いた事ないのですが」
「とてもいい質問だね、では私の研究について話そうか」
テオドール教授は立ち上がると、杖をピッと何回か振った。するとみるみる内に部屋の中の物が自動的にあちらこちらへと飛び回り片付いていく、最後にスイーっと黒板が近づいてきて、教授は杖からチョークへと持ち替えた。
「君たちはマナが何なのかを知っているかい?」
「はい。世界に満ちる謎のエネルギーの総称です」
すらっと答えるレイアに教授は拍手を送った。
「その通り。マナはどこにでも存在し、あらゆる物に作用する。しかしその実態はまるで分かっていない。そこにあって使えるけれど、それが何かは誰も知らないという事だ」
「知らないのに使えるんですか?」
俺が質問すると教授は嬉しそうに微笑んで頷いた。
「そう、体に染み付いた感覚で扱える。不思議だろう?使おうと思っていなくとも、私達の体は日々勝手にマナを使っているんだ。それは何故か、すべてのものはマナの影響を受けているからだ、何もかもが生まれる前からマナと共にあり自然と使い方が身につく。個人差や種族差はあるけどね」
ずっと昔から俺たちはマナの影響を受けて成長してきた。だから体がその使い方を覚えているし、その存在を知っている。知覚するまでもなく自然にそうなっている。
「ではもう一つ質問だ。魔法を最初に使ったのは何者かな?」
「確か魔物だと言われている筈です」
「えっ、そうなの?」
俺がそう聞くとレイアと教授は同時に頷いた。魔物が使っていたものを今人が使っているのか。
「魔物は他の生物と似て非なる性質を持っていた。そして更にマナを用いて攻撃する手段も持ち合わせていた。それはやがて魔法と名付けられて研究と発展を重ね、今日の魔法学へと至る。人が魔物から技術を学んだという事だね」
「敵の力を利用したのか」
「持たざるものは持つものを羨み、同じものを欲する。やがて手に入れたものを独自の形で発展させたいと願うようになり、魔法学というのは枝分かれしていったのさ」
なんだか壮大な話だった。しかし、これがどう四竜と繋がるのだろうか。
「この話がどう四竜と繋がるのかって疑問に思っているね?」
「はっ、ど、どうしてそれを?」
「はっはっは。私は教授だ、多くの学生と顔を合わせてきた。何をどう考えているか何となく分かるものさ。では本題だ、四竜とは何か。それは力の象徴だ」
「力の象徴?」
俺とレイアは同時に声を上げた。教授はますます嬉しそうな表情をして黒板にどんどん文字を書き込んでいく。
「世界にはマナがあった。そしてそれを扱う事の出来る魔物がいた。人はその力を欲し研究した。人の魔法の祖とされる大賢者マーリンは、マナによって引き起こせる現象を四つの属性に分類した」
火、水、風、土、すべてロゼッタが見せてくれた四竜に関係のあるものだった。それを見てレイアが何か思いついたのか言った。
「四竜は力の象徴…、それぞれの属性の魔物…、猛々しく勇壮な姿…。四竜は魔法学を発展させる為に作られた架空の存在ですか?」
「素晴らしい。レイア君、ここで魔法を学ばないかい?とてもいい推察力をしている」
どういう事かまったく分かっていない俺にレイアが説明をしてくれた。
「要はイメージのし易さが必要だったの、四竜はその道標。まだ何もかも未発展だった魔法学に、強大な力を持つ魔物の存在を示唆すれば、その力を目指して研鑽を重ねるって考えたのよ」
「えーと、うーんと、つまり目標って事?」
「アーデン君の発想もいいね。どう考えていたまでかは分からないが、推し量るにそういう事だったのだろうと知る事は出来る」
しかしそうなると大きな問題が出てくる。ここに来た意味も、俺たちの手がかりも失いかねない問題だ。
「それって四竜は存在していないって事ですか?」
「残念ながらそう結論付けられているね」
俺はがっくりと肩を落とした。無駄骨、そんな言葉が頭をよぎった時教授は声を大きくして言った。
「だがしかし、今その通説は崩れようとしている。四竜は存在する。私はそう考えているよ」
教授の力強い言葉は話の流れが変わった事を示すのに十分だった。手がかりはまだ残されている。




