サンデレ魔法大学校 その1
シェカドを後にした俺たちが向かう先はサンデレ魔法大学校があるトワイアスという街だった。ロゼッタの話によれば、サンデレ魔法大学校が先に出来て、そこへトワイアスという街が出来たらしい。
レイアと交互にゴーゴ号を駆る。四日かけて走り通すとようやくトワイアスが見えてきた。遠いとは聞いていたけれどこれは中々のものだ、二人共着いた時点でげっそりと疲れていた。
「…先に冒険者ギルドに寄ろう」
「異議なし…」
フラフラとした足取りでトワイアスの冒険者ギルドへ入った。受付で宿の場所を聞くとすぐに部屋を取った。シェカドで仕事をしたお金を貯めたお陰で、大部屋という選択肢はなくなった。
ただやっぱり滞在するには一部屋取るのが限界だ、レイアと同室なのは気にならないからいいが、もうちょっと実入りの良い依頼を受けて一部屋借りれるようになりたい。
しかしあくまでも冒険者ギルドで依頼を受けるのは、冒険者としての活動資金を得る為だ。俺たちの本命を忘れてはならない。忘れてはならないが先立つものは必要だし、柔らかいベッドに身を横たえると欲が出てしまうものである。
その日は二人共泥のように眠りにつき、四竜の手がかりを得る為に大学へと赴くのは翌日とした。
サンデレ魔法大学校の場所は人に聞くまでもなかった。街の中央に大きい城のような建物がある、どうやっても目に入るその場所こそサンデレ魔法大学校だった。
厳格そうな見た目と雰囲気とは裏腹に、人の出入りは実に多く活気があった。見かけただけだが、人間にエルフ、ドワーフにハーフリングに獣人と全種族が揃っていた。
「ね、アーデン。何か凄いね」
レイアの耳打ちに俺は頷いて答えた。種族間に大きく目立った垣根はない、ないが皆無という訳ではない。どうしたって人が数集まれば差別や派閥が生まれるのだ。
だからこうして大きな組織または集団で全種族が揃っているのを見るのは珍しい。皆熱心に対話をし、熱心なやり取りがあちこちで見られた。
感心しながら大きな門をくぐろうとした時、門衛の人に止められた。
「失礼。あなた方は冒険者ですね?」
「えっ?は、はい。そうですけど…」
「やはりそうでしたか。冒険者登録タグの反応がありましたのでお止めさせていただきました。突然失礼しました」
その後門衛さんは後をついてくるように言い、それに従って歩くと説明を始めた。
「正門は大学に在籍する学生や教授、関係者のみの入り口となっているんです。冒険者の方も依頼の関係でよく出入りをするのですが、決まりでして来客用の門を通ってもらう事になっているのです」
「そうだったんですか」
「不便に思われるかもしれませんがご容赦ください。厳格な規律は学内の安全を守る為に設けられておりますので」
これだけ大きくて権威のある大学となるとルールも厳格なんだなあ、そんな事を呑気に考えていたら後ろを歩くレイアがちょんちょんと俺の背をつついた。
「どうした?」
「多分だけどルールが厳しいのは他種族が一所に集まってるからだと思う」
「ああ、なるほどね」
レイアの指摘で俺も察しがついた。教授や学生、大学関係者は理解者かもしれないが、訪問する人が理解者とは限らない。そんな話をしていると門衛さんが言った。
「お察しの通りですよ。中には過激な思想を持つ方もおられますからね、管理と自衛の徹底は責務です」
「あ、す、すみません。コソコソとこんな話」
「いえこちらこそ盗み聞きのような真似をしてごめんなさい。実は私獣人を親に持つ身でして耳がいいんです。外見的特徴は受け継がなかったのですが、こうして門衛を務めるのにはうってつけという訳です」
そうして門衛さんに連れられて来客用の門へとやってきた。正門からは離れていて、ちょっと小さくて薄暗い。しかし正門同様立派な作りだった。
「では私はこれで。後のことは中の者がご案内しますので」
「ありがとうございました」
二人で礼を述べると、門衛さんはニコッと笑顔を浮かべて足早に戻っていった。俺たちは去っていく背なにもう一度会釈をして、門をくぐるのだった。
中に入ると来客者用の受付があった。人がいなかったのでカウンターに置かれたベルを叩いた。すると部屋の奥からのそっと老婆が現れた。
「そこ」
「え?」
「そこの書類に記入。名前、訪問の目的、相手、それと冒険者なら登録番号。後武器の類は持ち込めない、もし持ってきていたらここに預けてもらう事になるから」
さっきの門衛さんと違って、無愛想な上にものすごく事務的な人だった。書類に書き込む最中も、トントンと指で机を叩く音に急かされる。
「…あんた達テオドール教授に用があるの?」
「はい」
「今日は来客の予定は聞いてないけど?本当に面識あるのかい?」
老婆の表情が一気に疑いの一色で染まる。緊張感が漂うなか、俺は慌ててロゼッタから貰った書簡を取り出した。
「あのこれ、シェカドの考古学者ロゼッタ・アビスからの書簡です。俺たちテオドール教授に聞きたい事があって、彼女に紹介されたんです。日取りは決められなかったので直接来る事になってしまいましたが、教授に確認してもらえませんか?」
それを聞くと老婆は俺の手から書簡を引ったくるように奪った。遠慮もなしに封を開けて中を見て確認すると、懐からおもむろに杖を取り出した。
蝋燭に向けて杖を振ると、芯にボッと火が灯り。次にもくもくと煙が上がってきた。煙たい上に強烈な匂いを放つその煙を、手に持った杖でぐるりと一つかき回すと、煙はどんどん一塊に収まっていき、ついには人の顔のような形に変わった。
「どうかしたのかね?ミセス.バーネット」
顔の形に変わった煙が、口を開いて話し始めた。驚いてびくっと体を震わせる俺たちをよそに、バーネットと呼ばれた老婆は煙と話し始めた。
「テオドール、あんたに客だよ。ロゼッタ・アビスって子に覚えはあるかい?」
「勿論あるとも。我が盟友の愛弟子だ。彼女が会いに来たのかい?」
「いいや、その子の友人とやらが手紙持ってやってきた。どうする?通すかい?」
「ふうむ。失礼バーネット、私の顔を客人に向けてくれるかね」
バーネットさんがくるりと杖を振ると、煙の顔がこちらを向いた。俺とレイアの事をじっくりと見渡した後に言った。
「よろしい!二人共私の部屋へと来たまえ。我が門弟を迎えにいかせよう、入ってすぐのロビーで待っていなさい」
それだけ言うと煙はパッと消えた。蝋燭の火も同時に消えて、バーネットさんは邪険な態度のまま、俺たちに二つのペンダントを差し出した。先の方には青い石がついている。
「それは入構許可証だ、ここにいる間はずっと身につけている必要がある。許可なく外すな、いいね?」
「わ、分かりました」
「じゃあ行きな。そこの扉を開ければ奴が言っていたロビーに出る」
なんというかバーネットさんは必要最低限をこなす人って感じだ、俺たちに許可証を手渡した後は、またのそのそと部屋の奥へと引っ込んでしまった。
俺とレイアは顔を見合わせて肩をすくめると、渡された許可証を首に下げた。そして案内された通りの扉を開けて中に入った。
外観の通り中は広い、石造りの壁や床、年季の入った調度品がそこかしこに飾られ、分厚い絨毯が敷かれている。少々薄暗く寒々しい印象を覚えるが、それを含めた荘厳な雰囲気が圧倒的だった。
忙しそうに行き交う人々を眺めながらぼんやりと待っていると、背後から突然話しかけられた。
「あなた達がテオドール教授のお客様?」
振り返るとそこにいたのは一人の女の子だった。黒いローブを身にまとい、長くくるくると巻いた赤色のくせ毛、ぴんと立った犬のような耳がぴょこぴょこと動いていた。獣人だ、恐らく犬の。
「私の名前はアンジュ、アンジュ・シーカーと言います。教授から案内するよう言い付かりました。ついて来てください」
彼女はそう言うと言葉少なに早速歩き始めた。置いていかれないように、慌てて俺たちはその後を追った。




