VS.キメラ その1
リュデルは自分の立てた作戦の通り暗躍者を追い詰めていた。完全に罠に嵌められた暗躍者、名前をザカリーと言った。すでにリュデル達の手によって調査されていて、情報は丸裸も同然だった。
「逃げ込む場所がこことはな、無様を晒した場所に思い入れでもあるのか?」
「うるせえ糞餓鬼!それ以上近づいたらこいつを殺す!!」
ザカリーはロゼッタを捕らえてナイフを突き立てていた。目的はロゼッタと石板の筈だったのに、追い詰められて人質へと変わっていた。
リュデルは挑発を受けて尚武器を収める気はなかった。リュデルの持つ武器は盾に剣、剣は盾に収められる形になっている。
これらはリュデルの持つアーティファクト、彼はホルダーだった。リュデルは多くのアーティファクトを保有しているが、武器として使うのはこれだけであった。
陽炎盾ソル、月聖剣ルナ、リュデルは盾から剣を引き抜いた。刀身は水晶のように透き通り、目にする者を魅了する。剣が引き抜かれると盾も淡いオレンジ色の光を放ち始めた。
「ぶ、武器を下ろしやがれっ!!」
「下ろさない」
「こいつを殺すぞっ!!」
「殺せるのか?」
リュデルの言葉に一瞬ザカリーは戸惑った。その反応を見るだけでもリュデルは自分の勝利とロゼッタの救出に何の問題もないと確信した。
ザカリーに出されているであろう命令は、石板の確保とそれを解読出来る何者かの奪取だろうとリュデルは読んでいた。そしてザカリーはそれを完璧に遂行するだけの能力がなかった。
こうして追い詰められた今もザカリーは何故、どうして、これを頭の中で繰り返していた。自分が貰った力は強大な筈だ、誰にも負けない力の筈だ、どうしてそんな自分が追い詰められるのかとそう思っていた。
「そろそろ仕掛ける時か…」
リュデルはそう考えていた。メメルとフルルがもうそろそろしたら合流する算段だったからだ、しかしその場に現れたのは思いもよらない人物だった。
俯瞰して見ていたリュデルとは違い、ザカリーは追い詰められている状況も相まって直前まで気がつく事は出来なかった。
ザカリーが始めに感じたのはナイフを持つ手に走った激痛だった。痛みでナイフを地面に落とす。その攻撃が来た方向は上空からだった。
アーデンが上空からファンタジアロッドを伸ばしてナイフを持つ手を攻撃した。受け身をとって着地すると、すかさず次の攻撃に移る。ロッドを地面に突き刺し、引っ張ってしなりをつけ、その反動を利用してザカリーに飛びかかった。
膝蹴りがザカリーの顔面にめり込んだ、歯が三本折れて宙に舞った。アーデンは蹴り飛ばしたザカリーを捨て置き、ロゼッタを抱えるとその場から即座に撤退した。
「無事か?ロゼッタ」
「は、はい…」
突き刺したファンタジアロッドを抜きながらアーデンはロゼッタに聞いた。突然の襲来に驚きを隠せず、ロゼッタはただ唖然と返事をした。アーデンは身を潜めて隠れているようにロゼッタに指示をした。こくりと頷いたロゼッタは森の茂みの中に身を隠した。
もう一人アーデンの襲来に驚きを隠せない人物がもう一人いた。リュデルだ、アーデンに駆け寄って胸ぐらを掴むと捲し立てた。
「何故貴様がここにいる!」
「拐われた友達を助けにきたんだ」
「だからそれは…」
リュデルが計画について話そうとする、しかしそれをアーデンが大声で遮った。
「気に食わねえんだよ!!」
「何だと…?」
「全部全部、お前の思惑通りに進んで上手くいった。確かに俺は考えなしで馬鹿で踊らされてただけかもしれない。でもそれはいい、俺が馬鹿だったのは事実だから。ただロゼッタが拐われる前提の作戦は許せない。彼女は何に変えても守らなきゃいけなかった筈だ」
アーデンがピシャリと言い放った事にリュデルは呆れた。作戦を理解しておいて尚自分勝手に動くアーデンはリュデルにとって理解し難い存在だった。
しかし、アーデンの言ったリュデルの思惑通りに事が進んでいるという事実は多少間違っていた。リュデルは集めた情報と推測が邪魔をして、あまりにもザカリーの実力を甘く見積もっていた。
口と鼻からぼたぼたと血を流しながらもザカリーは立ち上がった。怒り荒がる憤怒が、ザカリーの心に火をつけた。
「もういい、もうどうなってもいいぜ糞餓鬼共がっ!なるべく穏便に済ませろって話だったがここまで虚仮にされて黙ってられるかよ!石板は手に入った!お前らもシェカドも周辺に暮らす奴らも、全員まとめて殺し尽くす」
ザカリーは懐から笛のような物を取り出した。一音一音奏でる度、ザカリーの周りに特殊個体級の魔物が突如として姿を現していった。
七匹の魔物を召喚し終えると、最後にもう一音高らかに音を吹き鳴らした。すると魔物達はお互いを食い合い始めた。血と肉を飛び散らせ、ぐちゃぐちゃとおぞましい音が響き、バキボキと骨が折れる音がした。
その異様な光景を前にしてアーデンもリュデルも動けずにいた。思いもよらなかったザカリーの奥の手、追い詰めすぎた上人質の前で見せたリュデルの余裕がザカリーの神経を逆撫でした。
この奥の手は切らせてはいけなかった。そう思った時にはもう遅い。
七匹の魔物はやがて一つの肉塊となり、次にはその表面がボコボコと煮える湯のように湧き上がった。
肉の壁を突き破り屈強な手足が降り立ち大地を踏み鳴らした。ずるりと飛び出した尻尾は粘液を撒き散らしながら揺れた。最後に肉塊から伸びてきた七本の触手、その先端から七匹の魔物が歪に混ざりあった顔が出てきてそれぞれが咆哮を上げた。
「おおよしよし、よくぞ生まれでたな。さあキメラよ、その生命尽き果てるまで目についたすべてを破壊し尽くすがいい。手始めにそこの餓鬼を殺せ、食って栄養をつけて今度は街へ向かうといい。沢山餌があるぞキメラよ」
ザカリーは生まれでたおぞましい合成魔物の体を愛おしそうに撫でた後、その影へとすっと消えた。
「待てっ!!」
このままではザカリーに逃げられる、リュデルが叫び手を伸ばした瞬間、七つの頭がけたたましい咆哮を上げてリュデルに襲いかかってきた。
炎のブレスを盾で防ぎ、横から伸びてきた首を剣で斬り裂く、噛みつきにかかってきた頭は大口を開けていたので舌を斬り落とした。だがまだ次々に死角から攻撃が来る、リュデルでもすべて捌ききる事は不可能であった。
そんなリュデルのピンチを救う為攻撃を防いだのはアーデンだった。二人は咄嗟に背中を合わせて互いの死角を潰し、襲いかかる攻撃を防ぎあった。
「アーデン、貴様…」
「今は全部後回し!こいつをここで倒さないと被害が広がる!」
アーデンはそう言ってファンタジアロッドを構えた。二人でこの魔物を倒すのだと強い意志が宿っていた。
「ああ、まずは化け物退治だな。僕の動きに合わせろアーデン」
「ご注文通りにいくかは分からないぞリュデル」
ザカリーが生み出した強大な魔物キメラ、その相手をするのは伝説の冒険者ブラックの息子アーデンと、ブラックの再来と謳われる新鋭の冒険者リュデルのコンビだった。




